窓から差し込む夕日に気がつき、カルバンは書類から顔を上げた。執務机に座ったまま背後を振り向き、窓の外を憎々しげに眺める。
今日はきりよく仕事が片付かず、可愛い娘とのお茶の時間が確保できなかった。
憤然と窓枠を睨み、不意に違和感を覚える。
何か異変があるような……と目を凝らし、離宮へと続く小道に黒い二つの影を見つけ、カルバンは不審げに眉を顰めた。
目を眇めてよくよく影の正体を見極めれば、夕闇に愛娘の白いドレスが浮かび上がった。という事は、一緒にいる背の高い影は姫付きにした騎士二人の内どちらかだろう。
面積の大きいクレアの白いドレスの方がどうしても目立つが、さらに目を眇めれば、夕焼けに赤く染まった銀髪が判別できた。ということは、一緒にいるのは兄騎士の方だ。
「目障りな男だ」
ふんっと鼻を鳴らし、苛立たしげにカルバンは書類を指で弾く。
クレアを守るためならば、文字通り身を捨てて盾になるだろう性格を組んで、姫付きとしたが。
兄騎士のクレアの盾となる根底にある感情は恋慕だ。
小姓として側にいた頃は、良く身を弁えて主人を守っていたが、従騎士に上がった際に、数年間クレアから離した事が仇となった。騎士としてクレアの元に戻った青年は、知らぬ間に美しく成長した姫君に、保護欲を情欲に変え、同情を愛情に変えた。
兄騎士が異母弟と家に縛られている間は下手な事はできないだろうが。一度野に放たれてしまえば、安心はできない。
仲良く歩く二つの人影を見守り、カルバンは苛立たしげに奥歯を鳴らす。
溺愛する末娘が、たとえ騎士としてでも、男を側に置くことが苛立たしかった。