城壁を降りて南門の前に兵を布き、イグラシオはハイランドの軍勢を待ち受ける。
よくよく考えればおかしな話だった。
暴徒は西門、北門、東門を攻めているが、南門には一人もいない。盗賊に先導されているのか良く統制が取れており、騎士であっても手を焼いていると伝令兵からの報告が続いた。どうやら要となる『頭』を得たらしい暴徒が、南門だけを攻めない理由はない。そして、暴徒が南門だけを攻めなかった理由は――――――『ハイランド軍』こそが、彼らの『頭』なのだろう。
軍を引きつれ近づき来る司令官を視界に捕らえ、イグラシオは唇を引き結ぶ。
城壁の上からでは、ハイランド軍を阻むことはできない。東西二つの門同様、すぐに市民が内側から『他国の軍勢』を受け入れるだろう。となれば本来は最大限に地の利を活かせる高所は、逆に逃げ場のない場所でしかない。市民とハイランド軍からの挟み撃ちを避けるためには一度トランバンの城壁から外に出て、そこで向かえ討つ必要があった。
城壁から距離をとり、目の前へと迫ったハイランド軍の指揮官を睨みながら、イグラシオは朗々と口を開く。
「我が名はイグラシオ。
トランバンは自治領だ。いかなる国の干渉も受けぬ。
貴殿等が武力で来るのなら、我らも武力で答えるのみ」
そう宣誓しながら剣を抜くイグラシオに、軍を率いていた指揮官は軍馬から下りて応えた。
「僕はハイランドの王、ウェイン。
イグラシオ殿、噂は聞いています。勇気があり、義に厚い騎士だと」
金色の髪をした王を名乗る『騎士』に、イグラシオは僅かに眉をひそめる。
悪徳領主と嫌われるボルガノを守護しているため、悪名は馳せても勇名を馳せた覚えはない。
そしてその名がハイランドの王を名乗る男の耳にまで届いているとなると――――――トランバンに住む何者かが、ハイランドへと通じたのだろう。
眉をひそめるイグラシオには構わず、ハイランドの王は剣を抜いた。
「貴殿に一騎打ちを申し込む!
これ以上の犠牲は、あなたも望んではいないはずだ」
耳を疑う敵指揮官からの提案に、イグラシオは内心で瞬く。表には出せない。表に出してしまえば、敵に隙を見せることになる。
それから『騎士』の言葉を脳内で繰り返す。
騎士は『これ以上の犠牲』と言った。
つまり、盗賊に先導された領民たちの一斉蜂起は、やはり目の前の男により仕込まれた事だと言う『宣言』だ。
トランバンの内情を熟知し、閃光騎士団たる自分の情報をも持ち、城壁に守られた市民ですらも自分達の味方になると確信した上での『これ以上の犠牲』発言へと繋がる。
互いの兵士をぶつけ合う白兵戦では、イグラシオに勝機はない。戦闘が長引けば街を抜けてきた暴徒が到着し、ハイランド軍との挟み撃ちになるだろう。
逆に考えれば、ハイランド軍からしてみれば戦闘を長引かせれば長引かせるほど有利になる。それでなくとも暴徒の鎮圧に戦力を割いているため、イグラシオの率いる兵は人数的にも劣っていた。
自らを不利へと誘う騎士の提案に、イグラシオは渋面を浮かべる。
自分に有益すぎる提案に、警戒心を掻き立てられない者はいない。
「僕が負けたらハイランドは兵を引こう。
あとは市民の鎮圧にでも、好きに向かうといい」
さらに追加された『挑発』に、イグラシオとしては面白くない。が、その『挑発』に乗ることが最良の策であることは判る。
上手く指揮官の騎士一人を退けられれば、ハイランドは軍を退くという。
そうなれば残る敵は暴徒のみ。
暴徒のみを相手にするのならば、まだトランバンは持ち直せる可能性があった。
「……その申し出、お受けしよう!」
提案を受け入れなければ兵士同士の白兵戦で犠牲が増え、戦が長引けは暴徒と市民の犠牲も増える。万が一にも領主に勝機はなく、自分は騎士として主を守ることができない。
イグラシオは騎士と向き合うと、剣を構えた。
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