遠のく女神アステアの気配に、は声には出さず感謝を捧げる。
 『癒しの力を持つ僧侶』などとありがたがられてはいるが、全ては女神の力だ。『の力』ではない。自分はそれを中継しているに過ぎない、ただの人間だ。人から捧げられる感謝の言葉を、自分に向けられた物と勘違いしてはいけない。女神の愛は無償だが、その上にあぐらをかいては危険だ。が癒しを自分の力と勘違いすれば、たちまちに女神の愛を失うだろう。

 ほんのりと温かい指先の熱が引き、は目を開く。
 別に目を閉じなくても『祈り』は捧げられるのだが、視覚を閉じた方が想像しやすい。
 は目の前に横たわった兵士―――ロックの治癒を頼まれたのだが、なし崩し的にハイランド兵の治癒も手伝ってしまっていた―――の傷を見下ろし、ホッと息をはく。

「……終わりました」

「ご苦労様です」

 背後を振り返り、は『奇跡』が必要ではない軽症者の手当てしているニーナに報告する。
 の報告を受けたニーナは、ちょうど彼女の作業も終わったのか薬箱を片付けながら微笑む。
 薄暗い天幕の中にあっても輝くニーナの美貌に、はすでに何度目かの感嘆のため息をもらした。

「? どうかしましたか?」

 ぼんやりと自分を見つめるに、ニーナは小首を傾げる。その動きに合わせ、艶のある黒髪がサラリと流れた。柔和な光を宿すニーナの夜の瞳に、単純な色としては自分と同じはずなのだが、なんだか別の生き物を見ているような気がしてとしては居心地が悪い。が、目も離せない。同性であるはずなのに、ニーナの美貌はを惹きつけて止んではくれなかった。
 可愛らしく首を傾げる美女に、はほんのりと恥らう。

「いえ、綺麗な人だなぁって、……すみません」

 いかに美人とはいえ、じろじろ見るのは失礼だ。
 それに、ニーナとしても他人にまじまじと見られるのは不快であろう。

 そう思い至り、は美女から目を逸らして俯く。もう少し見ていたい美貌ではあったが、比べること自体失礼な話ながら、が女性として落ち込みそうだった。

 深いため息をもらし、自分の前髪を引っ張りなにやら確認を始めたに、ニーナは微笑みを苦笑に変える。
 何を落ち込んでいるのかは理解できなかったが、ハイランド軍の陣営に飛び込んできたという娘は考えている事が如実に顔へと現れるようだった。不審人物であることに変わりはないが、女神の奇跡が扱え、素直すぎる表情を見せるに、ニーナの中の警戒心は薄らぐ。

「……それにしても、随分強い力をお持ちのようですね」

「え?」

 いったい何を言われているのか。そう前髪を弄るのを止めて首を傾げたに、ニーナもつられて首を傾げる。

「正直、もうダメなんじゃないかって重傷者まで、
 あなたが力を使うと見る間に傷口が塞がるんですもの」

 微笑ながらそう続けたニーナに、は照れ―――ニーナのような美人に微笑まれれば、例え同性であっても一瞬照れるだろう―――笑い、すぐに表情を引き締める。

「全ては女神様のお力です」

 ニーナが誉めてくれたのは、自分の力ではない。気まぐれにの願いを聞き届け、癒しの力を貸してくれた女神様だ。

 一瞬照れた後、すぐに『女神のおかげだ』と答えたに、ニーナは笑みを深める。
 の力―――厳密に言えば、彼女の言うように『女神の力』なのだが―――が一般の僧侶―――例えばニーナ自身―――よりも強い理由が解った。
 の揺るぎない女神への信頼が、絆の架け橋となってより多くの女神の慈愛を受けられるのだろう。
 癒しの奇跡を預かる僧侶など、近年では稀な人材だ。普通は何年も僧侶としての修行をつみ、女神の存在を確信できるようになって初めて奇跡の力を得る。まず奇跡を得るだけの域に達するまでには相当の年月が必要となるはずだったが、はまだ歳若い。の歳で自分以上の奇跡の使い手となると――――――その信仰心の強さは計り知れない。

 自分に見つめられ、照れたり恥らったりとコロコロと表情を変えるに、ニーナは声に出して笑う。
 歳はそう変わらないはずだ。
 旅姿をしたの事情は解らないが、もしも彼女が従軍してくれれば、きっと良い関係が築けるだろう。

「さあ、これで怪我人達も一安心です。
 まずはウェイン様にご報告に行きましょう」

 ひとしきり笑った後、ニーナはの手を取る。
 ニーナの優しい力で手を引かれたは、驚いて瞬いた。

「え? わたしも行っていいんですか?」

「はい」

 さっきは無理矢理陣営へと飛び込んだのだが。
 まさか、こうも簡単に改めて『ハイランド王』に会う機会がくるとは思わなかった。


 は手を引くニーナに誘われ、素直に救護用の天幕を出た。