立ち寄る村に教会が存在すれば、NoNameは教会を頼って宿を借りた。
 が、小さな村には教会があるとは限らない。
 孤児院の周辺の村には、NoNameの居た教会しかなかったし、本日の宿と決めた村は戸数にしておよそ23戸の家しかなかった。そんな小さな村に教会などがあるはずもなく、教会が行う祭事などは村長等の比較的大きめな家で代行されている。結果として教会の役割を兼ねている村長の家を頼り、NoNameは家畜小屋の隅を借りることができた。

「……家畜の匂いにも、すっかり慣れちゃった」

 日本で暮らしていた頃には考えられなかった事だったが。
 この世界で暮らし、孤児院で不慣れながらも家畜の世話を手伝ううちにNoNameは獣の匂いにも慣れ、今では豚とでも一緒に眠ることができる。――――――できれは、寝たくはないが。
 ふかふかとまでは行かなくとも、やはりベッドで寝たいのが本音だ。が、家畜と寝るのが嫌とは言ってはいられない。いかに自分が修道服を着ているとはいえ、宿を貸す村人にしてみれば得体の知れない人間であることに変わりはなかった。僧侶と信じて親切に宿を貸してやったら、実は盗賊でした……なんてことも起こりうるご時勢。村人の精一杯の譲歩に対し感謝こそすれ、NoNameに文句を言う資格はない。屋根のある場所で雨風を避けて眠れることはそれだけで幸せなことだと、孤児院を出て初めて知った。

 NoNameはランプの明かりを頼りに家畜小屋の隅に積まれた干草を整え、今夜の寝床を作る。
 ランプの火が干草に燃え移らないようにと、最新の注意を払いながら荷物を解き、古い毛布を取り出す。そのまま毛布を体に巻きつけて干草のベッドに身を横たえ、ランプの火を消した。
 明日も朝から歩き始めると考え、早速眠りにつこうと堅く目を閉じ――――――土を蹴る足音に、NoNameは眉をひそめる。

(……?)

 微かに聞こえる足音に、NoNameは耳を澄ませた。
 足音は一つ。
 とても急いでいるのか、時々躓いては足音が乱れる。

(何かあったのかな?)

 遠くから段々近づいてくる足音にNoNameが耳を澄ませていると、足音の種類が変わった。どうやら村長の家に設けられた木製の階段を駆け上がっているらしい。ポクポクという柔らかい足音に、何事か叫んでいる声が聞こえた。地面近くに接しているため、足音を拾いとることはできたが、話し声までは聞き取れない。

(……こっちに来る?)

 足音の主が何事か母屋で叫んだ後、急に方向を変えたらしい。慌てていると判る乱暴な足音は、NoNameが身を横たえている家畜小屋の方へと近づいてきていた。
 NoNameは横たえたばかりの体を起すと、家畜小屋の入り口へと顔を向ける。
 丁度、家畜小屋の前で足音が止まった。

(盗賊……だったら、足音は消すか)

 それでなくとも、母屋からは争うような音は聞こえてはこなかった。
 NoNameが首を傾げながら入り口を見つめていると、木製のドアを打ち壊す気かと思えるほど乱暴なノックが響く。

「シスター! 怪我人だ! すぐに起きてくれっ!!」