いつもは暗い夜の礼拝堂に明かりが灯され、今夜は村人が集まっている。
それも、1人や2人ではない。
個々の囁きは確かに小さな物であったが、それらが集まると大きなざわめきとなる。
本人達は控えているつもりなのであろう喧騒に、は眉をひそめて周囲を見渡した。
6柱の女神像前に、椅子が2つある。その一つには小さな人影が座っていた。窓から差し込む月光と燭台に灯された明かりを頼りに、はその人物を見極める。顔の造形ははっきりとは見えなかったが、何度かあった事がある立派な顎鬚を蓄えた村長だった。隣の椅子にはまだ誰も座っていない。
いったい誰の椅子なのだろうか? と思いつつ、はネノフに習って盆に載せたお茶を配る。
礼拝堂の長椅子には、村の大人達が座っていた。男性が多いが、女性も少し混ざっている。が、子どもは一人もいない。
盆の上にのった最後のカップを村人に手渡し、はもう一度礼拝堂を見渡した。
長椅子から溢れた村人が、丸椅子や壁に寄りかかっている。配ったばかりのお茶を口に運ぶ女性の表情は暗い。
なにやら重苦しい空気を纏った礼拝堂に、やはり子ども抜きでなくては話せない集会が行われるのだろう、とは悟った。
それから、茶も配り終わったので――――――と退室しようとしたは、村長に茶を渡していたネノフに呼び止められる。
「、あなたもここに残りなさい」
ネノフの言葉に、礼拝堂のざわめきは水を打ったように静まり返った。
礼拝堂に集まった村人たちも、当然は出て行くものと思っていたのだろう。言葉こそ発しなかったが、不満気にネノフへと視線を向ける村人の気配がわかった。
「え? でも……」
は自分が一部の村人から『よそ者』と呼ばれている事を知っている。孤児院の敷地から極力でないようになってからは耳にする機会も減ったが、先日ザイが怪我を負った際に再実感させられてもいた。何やら改まった話をするらしい集会に、彼らとしても『よそ者』が混ざることは快く思いはしないだろう。
それに、としても村人の相談事になど興味はない。
ただ、孤児院の子ども達とネノフ、自分に累さえ及ぼさなければ、誰が何をしようと構わなかった。
眉をひそめ、辞退しようと口を開くの目の前で、男がネノフの盆からカップを取る。
男はそのまま大股に礼拝堂を横切ると、の前まで来てカップを差し出した。
「……あんたは、ここの『ママ』なんだろ? だったら、この村の住人だ」
「はぁ……あ、ありがとうございます……?」
ぐいっと胸の前に差し出されたカップを、は反射的に受け取った。
素っ気無くはあるが、なにやら自分を認めてくれているらしい男を、は首を傾げて見上げる。燭台の頼りない明かりに照らされたその顔には、見覚えがある気がした。いったい誰だったか……と瞬くに構わず、男は早々に元居た場所へと戻って行った。どこか怒ったようなその背中に、は遅れて思いだす。
「……あ」
男は、ザイの父親だった。
無言のまま椅子に座った男を見つめるを、村長の横に座ったネノフが手招く。
その招きには一瞬だけ迷ったが、結局は従った。
礼拝堂を横切り―――集まった村人達の中央を歩き―――はネノフの元へと歩く。その短い距離を歩く間、何人かの息を飲む音が聞こえたが、の退室を求める声は聞こえなかった。
不思議な気分だ。
自分は5ヶ月にも満たない村での暮らしで、『よそ者』と退室を求める者が口を噤むぐらいの人数からは『村人』と認められているらしい。
ヘタをすると何年暮らして居ようとも隣人の顔すら知らない事もある日本で育ったには、奇妙にくすぐったくもある。
は、村長の横に並べられた椅子に座るネノフのすぐ後ろの壁際に移動し、そこから『集会』を見学―――否、参加というのが正しいだろう―――することになった。
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