が礼拝堂の扉を開けると、そこには男が5人いた。
見覚えのない顔が多いが、中には見知った顔もある。知った顔はすべて村の男達だ。ということは、他の知らない顔もこの村の男達なのだろう。
男達は礼拝堂に入って来たに一斉に視線を注いだが、それがネノフではないと解るとすぐに視線を元に―――男達は長椅子を囲んで円形に立っていた―――戻す。男達の視線の先に、長椅子に横たわる少年の姿を見つけ、は眉をひそめた。
長椅子に寝かされている少年の顔には、見覚えがある。
村の子どもでアルプハと一番仲が良く、良く2人でつるんでは女の子に悪戯をして泣かせているザイという少年だ。
いつもはアルプハと並んで朗らかに笑っている顔が、今は別人のように青白い。
服を赤く染め、長椅子から床へと流れ落ちる鮮血に、は目を見張った。
(……ひどい怪我)
腹部からの激しい出血を、とにかく止血しようと一人の男が―――たしか、ザイの父親だ。以前、ザイに紹介された事がある―――ザイの腹を押えていた。それが止血方法として正しいのか、間違っているのかにはわからない。たとえ正しく応急処置ができたとしても、その後の処置が間に合わなければ――――――出血量から見て、間違いなくザイは助からない。
そしてが知る限り、この村に医者はいない。
止まる様子を見せないザイの出血に、の血の気が引く。
医者のいない村。止まらない血。
そこから導き出されたザイの辿るであろう運命に、が眉をひそめる。と、弱々しい少年の声が横から聞こえてきた。
「……ママ」
いつもとはまったく違う弱々しいアルプハの声に、は声の方向へと顔を向ける。
朝は元気に出かけていった少年が、今は真っ青な顔をして立っていた。
と目が合うと、アルプハはゆっくりとの元へと歩き――――――ほんの少し足を引きずるような少年の歩き方に、は驚く。
「アルプハ!? どうしたの、その怪我……」
ザイ程ではないが、大小様々な擦り傷を作ったアルプハに、は一瞬だけ驚いた後、ホッとため息を吐いた。目立つ傷が膝と肘、頬にあるが――――――悪くて傷跡が残るぐらいだろう。処置が遅れたとしても、死ぬようなことはなさそうだった。
ゆっくりと近づいてくるアルプハを待てず、はアルプハの元へと歩く。が目の前までくると、最年長という自負から『ママ』とは呼んでもこれまでに抱きついたり甘えたりといった行動を取らなかったアルプハが、に抱きついた。
「ママ、ママ!」
の胸に顔を埋め、珍しくも泣き叫ぶアルプハに、先に礼拝堂に来ていたデルタとビータが驚く。怪我をしているのは自分達ではないが、不安に潰されてしまいそうなのは自分達も同じだ。
自分の胸の中で泣きじゃくるアルプハの頭を、は薬箱を持っていない手で撫でる。
2度、3度と鳶色の髪を撫でていると、大量の布を持ったネノフが礼拝堂へと入って来た。その後ろには、桶と水がめを持った村人が続く。
「はアルプハの手当てをお願いね。私は……」
アルプハを宥めるを見た後、ネノフは視線をザイに向ける。
どうやら、医者のいないこの村では、ネノフがそれに近い役割を担うらしい。
完璧な医者の変わりにはもちろんなれないが、薬のような貴重品は貧しい農村の一般家庭にはない。
村と同じく貧しい孤児院に薬があるのは、すべてイグラシオが寄付として持ってきたからだ。
ネノフもそれを承知しているので、怪我人を礼拝堂へと運ばせたのだろう。礼拝堂に集まった村人は、ザイを安静に礼拝堂まで運ぶ人員に違いない。
「シスター、俺は何を……」
男達の輪に入り、ザイの横に腰を落としたネノフに、止血を試みていた父親が眦を下げて問う。いくら押えても止まらない出血に、父親の顔は本人以上に青白かった。
「ザイの手を握っていてあげなさい」
「あ、ああ……」
愛する息子の為に、できることは何でもしたい。が、何をすれば息子の血が止まるのか。情けなくも眦を下げたまま男に、ネノフはそう言い捨てる。冷たいようだが他に言いようはなかったし、父親が身近く見守っていてくれることは、ザイにとっては大きな力になるだろう。
「アルプハは外に行こう」
ザイと向き合い治療に専念し始めたネノフに、はアルプハの体を引き剥がし促す。
「でも……」
ザイのことが心配だ。
そう、その場を離れようとしないアルプハに、は言葉を重ねる。
「まずは傷口をキレイにしないと。
ザイのことは、シスターに任せましょう」
「……うん」
自分達が側に居ても、ネノフに邪魔になるだけだ、とはアルプハの手を引く。
の言葉に、アルプハはザイとネノフを見つめ、ビータとデルタに視線を向けた後、しぶしぶとそれに従った。
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