食器を洗うの横で、ズィータは踏み台に乗って水滴のついた食器を拭く。ぴったりと密着してくる訳ではないが、から片時も離れようとしないズィータは――――――先ほどのデルタの異変が、不安なのだろう。先日イグラシオが子ども達に何も告げずトランバンに帰ってから、ひと月近く経つ。その間イグラシオが一度も顔を見せていないのも、ズィータの不安に影響しているのかもしれない。

「?」

 食器を洗う水音に紛れて聞こえてきた足音に、は首を傾げた。
 足音は、1つや2つではない。
 ネノフとデルタが帰ってきた、という訳ではないとはっきりと解る人数の足音に、は台所の入り口に視線を向けた。明らかにネノフや兄弟たちとは違う重量のある足音に怯えたズィータは、踏み台を降りてのスカートを掴む。は宥めるようにズィータの髪を撫でてから、いったい何事か、と状況を確認するため廊下へと顔を出し――――――早足に廊下を歩くネノフがの目の前を通り過ぎて行った。

「シスター? 何かあったんですか?」

 常になく乱暴な足取りで歩くネノフに、は瞬く。
 ネノフに続いて早足で廊下を歩く村の男達にが戸惑っていると、ネノフは足を止めないまま答えた。

も手伝ってちょうだい」

「何を?」

「まずは薬箱を持って、礼拝堂に運んでほしいの」

 薬箱? と眉を寄せて聞き返すの背後で、足音の正体はネノフと見知った村人だったと知ったズィータが動く。流し台の横に置かれていた踏み台を食器棚の前へ移動させて、を呼ぶ。

ママ」

 名前を呼ばれてが振り返ると、ズィータは踏み台と食器棚の上を指差した。ズィータの身長では踏み台に乗っても手が届かないが、になら手が届く。食器棚の上にはネノフの望む薬箱が置かれていた。
 ネノフと男達が何をしようとしているのかは解らなかったが、はズィータに促されて踏み台にのり、薬箱を手に取る。
 いったい何が起こっているのか。
 それはまったく解らなかったが、一大事らしいことだけは解った。


 は手に持った薬箱をしっかりと胸に抱くと、礼拝堂へと続く裏口のドアを開いた。