ネノフの育てたハーブをポットに入れ、は沸騰させたばかりのお湯を注ぐ。
 盗賊とネノフに会話には加わり辛く、はネノフに頼まれて来客をもてなすためのハーブティーを淹れているのだが、聞き耳だけはしっかりと立てていた。2人としても別段隠し立てをする必要はない内容なのか、声もひそめられてはいない。盗み聞こうとしなくとも、十分に聞こえる音量だった。
 内容もいたって普通の世間話だ。
 盗賊女性の話題は近況報告に始まり、ネノフの体調、孤児院の経営へと及ぶ。
 それに対してネノフは、子ども達とがよく手伝ってくれているので体調面は心配ない。孤児院の経営は、時々イグラシオが食料を寄付してくれるから、なんとか食べていけている、と答える。ネノフの口から『イグラシオ』という名前が出た瞬間、わずかに盗賊が眉をひそめたのをは見逃さなかった。

「……で、あたしも少し持ってきたから、使っておくれよ」

 ティーカップに淹れたハーブティーをが盗賊とネノフの前に置くと、盗賊は袋をテーブルの上に置いた。会話から察するに、中身は金だろう。
 卓上に置かれた金袋を見つめると、ネノフは苦笑を浮かべた。

「気持ちはありがたいけど……いつも言っているでしょう?
 孤児院に寄付するよりも、たまには自分を飾ることに使いなさい。
 あなたも年頃なんだから……」

 イグラシオにせよ、『カイ』にせよ。何故自分の育てた子ども達は、こうも自分の事を後回しにするのだろうか。良い家に引き取られた者ほど、孤児院を気にかけて自分の事を後回しにしている気がする。農家に引き取られた者は年頃になれば伴侶を得て、早々に赤子を授かっているというのに。

 苦笑を浮かべているネノフに、『カイ』と呼ばれる盗賊は笑う。

「年頃ならとうに過ぎたよ」

 その言葉に、は首を傾げる。
 目の前の女性は、年頃を過ぎたとは言うが――――――妙齢できつめの美人だ。まだまだ十分嫁の貰い手があるだろう。が、彼女が言うには『年頃は過ぎている』らしい。もしかしなくても、この世界は婚期が早いのだろうか。となれば、自分もすでに『行き遅れ』の部類に入るのかもしれない。昨今の日本であれば三十路過ぎても未婚の女性は多いが、平安時代は13歳ですでに結婚ができた。それを考えればこの世界の結婚事情も、の常識からはかけ離れているのかもしれない。

 そう改めて考えてみると、納得もした。
 子ども達が自分の事を『ママ』と呼ぶ理由を。

 つまり、この世界ではの年齢であっても、彼らの母たる可能性があるのだろう。乳飲み子や幼児の年少組ならまだしも、ビータやエプサイランの『実母』と思われることはさすがに抵抗がある。

 こっそりと眉をひそめたには気づかず、『カイ』は笑みを深めた。

「でも、後悔はしていない。あたしもここの娘なんだから」

 どこか誇らしげな微笑みに、ネノフは眉をひそめたが、すぐに再び苦笑を浮かべた。
 何を言っても無駄だとは解っていたし、自分の育てた娘の心遣いは嬉しくもある。

「あたしがコツコツためたお金、使ってくれるかい?」

 そっと人差し指で金袋をネノフの前へと押し出し、『カイ』は顎を引いてネノフを見上げた。
 男性相手であれば有効な『上目遣い』であろう。

 艶のある金髪をもった女性の悠然とした微笑と、上目遣いによる『おねだり』に、ネノフは頷いた。

「……ありがたく受け取らせてもらうわ」

 袋を受け取ったネノフに、『カイ』はホッと息を吐いた。
 ネノフに対し、柔らかく微笑む『カイ』に、は首を傾げる。とてもではないが、彼女があの時の盗賊と同一人物だとは思えなかった。

 母と娘の入り込めない雰囲気に、邪魔をしても悪い。積もる話もあるだろう2人のため、そろそろ退散を――――――

ママッ!!」

 そろそろ退散しよう。がそう考え始めていた所にノックもなしにテータが食堂へと走りこんできた。
 珍しいテータの大声と剣幕に、は瞬きながらもテータを招き寄せる。

「どうしたの?」

「イータとイオタが喧嘩してる。来て」

 言うが早いか、ぐいぐいと手を引くテータに連れられては食堂を飛び出した。