日中にやるべき仕事をすべて片付け、は食堂の椅子に座り、ハーブティーを口に運ぶ。
残った今日の仕事は、夕食の支度と朝食の仕込みだけだ。
家事に慣れたおかげで少しだけのんびりとできる時間を作ることに成功し、は窓辺でまどろむ。春先から初夏であれば外でまどろんでもいいのだが、さすがに本格的な夏になってくると、そうはいかない。日本の夏のように湿度が高く、じめじめと息苦しい暑さではないが、直射日光を浴びれば空気がからりとしていても暑いものは暑い。
は窓の外から聞こえてくる年少組とアルプハの声に、苦笑を浮かべる。子ども達は、春でも夏でも関係なく元気だ。
外から声の聞こえてこない子ども達は、みな家の中にいる。デルタはエンドリューに貰った本を読みながら勉強し、年長の少女2人は部屋でネノフに教わりながら刺繍をしているはずだ。は裁縫が苦手だが、刺繍は奇跡的にネノフから及第点をもらった。綺麗に仕上げれば売り物になるという刺繍を自分も手伝いたかったのだが、ビータに部屋から追い出されてしまった。なんだか仲間はずれにされたようで、としては寂しくもある。
――――――と、不意に聞こえた音には首を傾げた。
気のせいかと耳を澄まし、再び聞こえた音にそれが気のせいではなかったと知る。
コンコンっと木を叩く音は、ノックの音だ。
どうやら、孤児院に来客らしい。
「はーい、今行きます」
は椅子から腰を上げると、来客を迎え入れるべく玄関へと歩く。
イグラシオは3日前に来たばかりだ。さすがに次の訪問には早すぎるだろう。エンドリューだとしても、同じだ。イグラシオの訪問に間が開いていない限り、彼が来ることはない。
では、村人が礼拝にでも来たのだろうか? とも思うが、村人の礼拝なら孤児院の建物へは来ない。
となるとネノフに用のある村人だろう。
そう当たりをつけてが玄関のドアをあけると――――――そこには金髪の女性が立っていた。
「えっと……?」
軒先に立つ金髪の女性に、はゆっくりと瞬く。
見知らぬ女性だ。が、どこかで見たことがあるような気がする。では、やはり村人なのだろうとも思うが、目の前の女性が持つような見事な金髪をした村人はいない。もちろん数ヶ月しか村に住んでいないが、村人全ての容姿を把握しているわけではないが。少なくとも今目の前にいる女性ほど見事な金髪であれば、の記憶に残らないはずがない。
「あれ? 新しいシスターかい?」
「そういう訳じゃないですけど……」
女性の方も出迎えたが意外だったのか、緋色の瞳を瞬かせて首を傾げている。
はネノフの服を直して着ている。そのため、新しい修道女と勘違いされる事も多く、すでに間違われる事に慣れてしまった。修道服を着て出迎えたに、新しい修道女だろうと女性が勘違いをしたのも不思議はない。
自分の姿に驚き、瞬いている女性の顔には首を傾げる。
村では見かけない顔だが、どこかで見覚えのある金髪だ。
「ネノフはいる?」
「あ、はい」
老女を名指しされ、は首を傾げながらも素直に答える。
どうやらネノフの知人らしい、と僅かに安堵したが――――――どうにも女性の金髪が気になった。
ズィータが明るい金髪ではあるが、基本的に金髪とはにとって身近な色ではない。日本人の髪は普通黒髪であり、の両親も黒髪である。
珍しい色と言えばイグラシオの銀髪も珍しいが、この世界に住む他の住人―――例えば子ども達や多くの村人―――は明るさの違いこそあるが茶髪であり、黒髪である。外の村に行けば赤毛や金髪のいるのだろうか。そうは思うが、とりあえずが住む村に目の前の女性ほど艶のある見事な金髪を持った住人はいなかったはずだ。
ということは、見覚えがあるとしたら村の外で、だ。
首を傾げながらもネノフに取り次ごうと体の向きを変えて――――――はようやく『思い出した』。
この世界に来てから、一人だけ見事な金髪をもった女性にあった事がある。
彼女と会ったのは確かに村の外で、それもあの1回だけだ。
は引き出した記憶から咄嗟に金髪の女性を振り返る。
それが引き金になったのかは判らないが、相手もに気がついたらしい。
「「あ、あの時の……っ!!」」
互いに互いを指差し合い、瞬く。
驚くべき『再会』である。――――――としては、もう2度と会いたくない相手でもあった。
予期せず目の前へと現れた『盗賊』に、は口を開くが言葉が出てこない。ぱくぱくと口を開閉し、まずは落ち着かなければと頭では理解できるのだが、行動には移せなかった。
「……あらあら。
カイじゃないの。お久しぶりね」
不意に後ろから聞こえてきた声に、はようやく口を閉ざす。声の主は振り返らなくとも判る。ネノフだ。
が肩越しにネノフを振り返ると、嬉しそうに頬を緩めたネノフがの横に並び、『カイ』と呼んだ盗賊の手を取った。
旧知の間柄らしく、挨拶を交わす盗賊と修道女を見つめ、は忙しく思考する。
目の前の女性は盗賊であり、イグラシオの頬に怪我を負わせた張本人だ。
そして、その女性を歓迎しているネノフは一時期だけだったとはいえイグラシオの育ての母であり、神に仕える修道女でもある。
盗賊と修道女の奇妙な関係に、は戸惑いながらも口を開く。
とりあえず、この訳の判らない状況を脱するためには、本人達に関係をただすのが近道だ。
「えっと……シスターの、『お知り合い』ですか?」
「知り合いというか、カイはここの子どもだったのよ」
「ええっ!?」
の疑問に答えるため、振り返ったネノフの言葉には瞬く。
修道女と盗賊の意外すぎる関係に、どう受け入れたものかと『カイ』とネノフの顔を見比べて、気がついた。なにやら『カイ』がネノフの隙を見てに目配せをしてきている――――――ような気がした。
(えっと……あのこと、黙ってろってこと?)
釈然としないながらも、はそれ以上の言及をやめる。
相手が盗賊であれ、山賊であれ、ネノフの対応を見ている限りは、今すぐイグラシオにしたようにナイフを突きつけてくることはないだろう。とはいえ、彼女には一度ナイフを投げられた覚えもあるので、安心はできない。
は複雑な心境ながらも僅かに眉を寄せただけで、その表情を隠す。
『カイ』を孤児院の中へと誘うネノフに続き、は廊下を歩き始めた。
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