「……なんだ?」
森を軽く廻りの姿が見えない事を確認した後、マグナは帰還した野営地の異変に首をかしげる。
を探しに野営地を出る前とは、明らかに周囲の雰囲気が変わっていた。
「……血のにおい」
ぎゅっとマグナの服の裾を掴み、ハサハが小さな声でつぶやく。
不安げに伏せられたハサハの白い耳に、マグナは慌ただしく夜営地を行き交う兵士のひとりを捕まえようと試みた。
「何かあったのか?」
マグナに問われ、兵士は一瞬だけ素直に答えようと口を開きかけたが、すぐに口を閉ざす。一般人としてのマグナには、何も答えるべきではない。が、顧問召喚師の養子という地位にいるマグナの問いには答えないわけにはいかない。
微妙な位置に立つマグナに、兵士が戸惑っているのがわかった。
「ルヴァイド!」
マグナが僅かに視線を兵士の後方へとずらすと、救護用天幕の中へと運び込まれる怪我人に続き、野営地へと帰ってきたルヴァイドの姿を見つけることができた。
何が起こったのかは、一般の兵士に問うよりも、旅団を預かる将に聞いた方が早い。
そうマグナがルヴァイドに駆け寄り――――――
「何があったんだ!? ルヴァイドが傷を負うなんて……」
二つに割れた兜を片手に持ち、額から一筋の血を流すルヴァイドの姿に、マグナは目を見張る。
マグナが知る限り、ルヴァイドは負け知らずだ。
少なくとも、デグレアにおいて最強の名を欲しいままにするルヴァイドが手傷を負ったことなど、一度もない。
そのルヴァイドに一太刀を与える者がいるなどと、これまで考えた事もなかった。
まずは傷の様子を確認しようと、額に伸ばしたマグナの手をルヴァイドは邪険に払う。もとより召喚師の手に頼るような傷ではない。
「ルヴァイド?」
「……は戻っているか?」
意外な人物の口から出てきた先程まで探していた少女の名前に、マグナは一瞬だけ瞬いた。
「一緒だったのか?」
「野営地の外で散歩しているのを見かけた。
少し話しをした後、一人でここまで帰らせたはずだが……」
その様子では、戻っていないようだな。
そう静かに続いた言葉に、マグナの服を握るハサハの手に力が込められた。
前 戻 次
(2011.08.02)
(2011.08.05UP)