荒い息遣いで呼吸を整える伝令兵を一瞥し、ルヴァイドは中天に差し掛かった月を見上げる。
 浴びるように水を飲み、咽の乾きを癒す男の運んできた言葉は、街道を見張るイオスからのものだった。
 曰く、標的がイオスの見張っていた街道に現れた、と。
 自分達の隊で可能な限り時間を稼ぐから、援軍を求める、と今夜の作戦通りの伝令だった。
 先日の勇み足で敵の捕虜となったことに懲りたのか、イオスは汚名を雪ごうと懸命になっている。もう二度と隊の足並みを乱す真似も、己を駒のように捨てることもしないだろう。

 見上げていた月から視線を落とし、ルヴァイドはぐるりと周囲を見渡す。
 見渡す限りの平原ではあったが、岩のように黒いいくつもの影が息をひそめてルヴァイドの発令を待っていた。

「小鳥は初手の網にかかった! 包囲するぞっ!!」

「はっ!」

 静寂を撃ち破るルヴァイドの号令に、一斉に平原の影が立ち上がる。人間一人が通り抜けられぬギリギリの間隔に広がって歩き始めた。
 手にした松明は各自2本。
 これに火を灯せば、闇の中では兵力が倍に見える。
 両手が塞がるため咄嗟に武器を構えることはできないが、今回の任務は『対象を確保』することだ。殺す必要も、傷つける必要もない。だったら、こちらの数を多くみせかけて相手の戦意を削ぎ落とす方が都合がよい。

 ルヴァイド自身は松明を1本だけ持ち、進軍を開始した自軍を見つめる。
 目指すは王都ゼラムへと伸び、大平原と接する街道。
 イオスの隊が対象の足を止め、ルヴァイドとゼルフィルドの包囲網が到着するのを待っている場所。

 ――――――不意に引っ掛かりを覚え、ルヴァイドは僅かに眉をひそめる。

 自分達が目指す場所には、イオスの隊と捕獲対象以外の者がいる気がした。
 否、間違いなく居る。
 ルヴァイドは王都ゼラムとレルムの村の中間に陣を構えた。

 すなわち、先程まで隣にいた少女が陣に戻る為に進んだ方向と、自分達がこれから進軍する方向は同じだ。
 少なくとも、途中までは方向が重なる。
 どこかで追いこすか、が意外な健脚をもって大平原からすでに出て夜営地に戻っていない限りは、これから行われる包囲作戦に巻き込まれることとなる。
 ゼロから限り無く遠い可能性に気が付いて、ルヴァイドは渋面を浮かべた。

 ほんの少し、久しぶりの少女の様子を聞きたいと呼び寄せたことが仇となった。






  
(2011.07.30)
(2011.08.05UP)