ひょこりと救護用に設えられた天幕に頭だけを突っ込み、ハサハは首を傾げる。
 探し人の姿はない。
 救護用に設えられた天幕は、今覗き込んでいる場所で最後だ。
 一つだけ覗いていない天幕があったが、そこはマグナが居るハサハが最初に居た天幕なので、探す候補としては数に入らない。
 それでは探し人はいったいどこにいるのだろうか? そう首を捻りながらハサハは天幕から顔をだす――――――と、向こうから走って来る旅団員に気がつき、反射的に顔を出したばかりの天幕へと飛び込んで隠れる。別に隠れる必要はないのだが、これはほとんど習性のような物だ。
 天幕の外を足音が通り過ぎるのを待ってから、ハサハは眉をひそめて天幕を出る。
 なんとも言えない不安を掻き立てられ、ハサハの狐の耳はしゅんと伏せられた。
 不安の要因は、の姿が見えないだけではない。
 ハサハ本来の耳が拾い取る音が、ハサハに周囲の異変を伝えていた。
 昨夜に比べて野営地にいる人間の数が少ない。
 たまにすれ違う兵士がいたかと思うと、みな腰から武器をぶら下げている。
 なにか異常な事体が起こっているのは確かだ。






「おにいちゃん」

 うんしょと天幕の布を持ち上げて中へと戻り、ハサハはマグナの元へと駆け寄る。
 丁度また一人の治癒を終えたらしいマグナは召喚獣を送還している所だった。

「あ、お帰り、ハサハ。
 はまだ頑張ってた?
 程よく休憩も入れないとダメだってちゃんと言って……」

「おねえちゃん、いない」

「いない?」

 眉を寄せるマグナの視線を受け止め、ハサハはこくりと頷く。
 ハサハが見てきた限り、夜営地にある天幕の中にの姿は見えなかった。

「怪我人のいる天幕は3つあったけど……3つとも覗いた?」

 マグナからの問いにハサハはこくりと頷く。
 実のところを言うと、救護用の天幕を覗いてもの姿が見えなかったため、夜営地にある全ての天幕を探した後だった。

「この辺りを見てみた?」

「やえーちは全部、みたきたよ。だけど、おねえちゃんいなかった」

 人見知りの激しいハサハにしては驚くべき仕事ぶりに、マグナはハサハの頭を撫でる。
 そこまでハサハが頑張っても見つからないとは、いったいどういう事だろうか。気持ちよさそうに目を細めたハサハにそう思案しながら、マグナは少し欲張った質問をしてみた。

「天幕の中の人には聞いてみた?」

 マグナの問いに、ハサハは申し訳なさそうな表情で首を横に振る。
 人見知りをするハサハが頑張って夜営地中を探してくれたが、それでも誰かに話し掛けることはできなかったのだ、と少し安心した。
 それならば、ハサハが話しかけられなかった誰かがの行方を知っている可能性がある。

「じゃあ、とりあえず聞きに行こうか」

 そうマグナがハサハを誘うと、ハサハは嬉しそうに力強く頷いた。






「ああ、あの子なら疲れたから少し気分転換してきますって、散歩に出たよ」

 が最後に治癒をしていた天幕にて、マグナはあっさりと入手できたの行方にホッと胸を撫で下ろす。
 少なくとも、なぜハサハがの姿を見つけられなかったのかはわかった。

「それって、どのぐらい前?」

「そうだな……半刻ほど前だったかな」

「半刻って……もう日も沈んでいるのに……」

 逆算すれば、が天幕から出かけた時間は夕暮れ間近と言ったところか。
 いずれにせよ、少しの気分転換には充分すぎる時間が経っていることに変わりはない。

を探しに行ってくるから、ハサハは……」

 天幕で待っていてくれ、と提案しようとしたマグナの言葉をハサハは遮った。

「ハサハも行く」

「でも、もう暗いし」

 うっかりはぐれてしまったら、迷子が2人に増えてしまう。
 マグナはそれを危惧してハサハを夜営地に残して行きたかったのだが、昨日レルムの村に置き去りにされたばかりのハサハはこれを受け入れなかった。
 ただ一言「一緒に行く」と真紅の瞳でマグナを見上げる。
 これはもう、絶対に引かないと判る決意のこもった瞳に、マグナは早々に降参した。
 そもそも悪いのは自分だ、と。

「もう外は暗いから、はぐれないようにな」

 そう言ってマグナはハサハに右手を差し出す。
 その手に自分の手を嬉しそうに重ね、ハサハは元気よく頷いた。






  
(2011.07.27)
(2011.08.05UP)