王都ゼラムから港湾都市ファナンへと続く街道を、一人の旅人が走り抜ける。
 夕闇が迫るどころか、すでにとっぷりと日の沈んだ街道に他の旅人の姿はない。――――――というよりも、街道を走る旅人もまた、旅人ではない。彼はただ、本来の自分を隠すため、旅装束に身を包んでいるだけにすぎなかった。
 旅人は街道の脇に目印のように立つ一本の木に駆け寄り、僅かに呼吸を整える。そのまま注意深く周囲を見渡し、あたりに人目がない事を確認すると街道から獣道すらない森へと飛び込んだ。そのまま暗闇を真直ぐに進み、木々の間から僅かに差し込む月光に輝く金髪を視界に捉えて足を止める。






「聖女一行が動き始めました」

「ルヴァイド様の読み通りだな」

 偵察任務についていた男からの報告に、イオスは唇の端を上げて笑う。
 敬愛する上司の読み通りに事が進み、多少溜飲が下がる気がした。
 何しろ、これまで散々集団行動の何たるかすら考えていないであろう素人集団に振り回されて来たのだ。戦闘のプロである軍人が、このまま引き下がる訳には行かない。

「……行き先はわかるか?」

「そこまでは。しかし、標的はまっすぐに街道を歩いてくる模様です」

「そうか」

 偵察兵からの報告に一応の満足をし、イオスはルヴァイドの策を内心で復唱する。
 街道は自分達が見張っているが、例え街道を逸れて山へ逃げても、大平原へと逃げても、今夜は黒の旅団兵士が見張っている。あまり認めたくはないが、実力だけは認めている優秀な召喚師が昼間のうちに怪我人を治癒して回ったので取れる大規模な作戦でもあった。
 後は現れた標的を一ケ所にできる限り長く引き止め、援軍の到着を待って包囲すれば全てかたがつく。

「おまえは少し休んでいろ」

「はっ!」

 つい今し方戻ってきたばかりの男は、黒の旅団一の俊足を誇る。
 彼にはいざイオスが見張る街道へと標的が来た場合に、ルヴァイドの元へと知らせに走って貰わねばならない。そのためには少しでも多くの休憩が必要だった。

「後の者はここで待機だ。
 このくだらない追いかけっこも、今夜で終わりにするぞ!」

「「はっ!」」

 各自思い思いに森の中へ姿を隠す20名足らずの兵士からの返事に、イオスは気を引き締める。
 この場の兵士の多くは、つい先日、湿原にて自分と同じように失態を演じている。
 ルヴァイドからの信頼を早く取り戻したいと願う心は、イオスにも負けない。
 なによりも本職の軍人である自分達が、いつまでも素人集団に良いように振り回されるのが我慢ならなかった。
 今度こそ。
 今夜こそ標的を確保し、これまでの失態を清算するのだと。

 この場の全員が、そう気を引き締めた。






  
(2011.07.26)
(2011.08.05UP)