「……ルヴァイド」

「なんだ?」

 天幕の外から聞こえてきた声に、ルヴァイドは手にした書類から顔を上げずに応じる。
 普段ならば遠慮なく執務室の中へと入り込んできていた弟分が、今夜に限ってはそうしない事が不思議で――――――すぐに納得した。
 レルムの村での一件を知れば、嫌でも自分と距離を取りたくもなるだろう。
 硬化したマグナの態度を少しだけ寂しく感じ、ルヴァイドは目頭を軽く揉む。
 少しだけ疲れた。

「少し見てきたけど……ここ、怪我人がいっぱいいるね」

 これまでどこで何をしてきた? 襲ったのはレルムの村だけではあるまい。――――――言外に込められたマグナの問いに、ルヴァイドは答えない。怪我人がいると言う事は、反撃をしてきた者達がいたと言う証拠だ。
 レルムの村では、夜襲を用いたためほぼ一方的な虐殺で終わった。抵抗をする者が居なかった訳ではないが、味方に怪我人はほとんど出ていない。
 レルムの村に直接行ったと言う事は、多くの村人が家の中で犠牲となっていたのをマグナは確認しているだろう。住民が寝静まった後の夜襲とわかる形跡と、現在旅団の野営地にいる怪我人の数とは計算が合わない。必ずどこか別の場所でも戦闘行為を行っているはずだ、と。
 確かに、数日前には王都ゼラムで高級住宅街にある屋敷を襲撃し、つい昨日も湿地でのイオスの暴走で怪我人が増えている。
 一つの村を夜襲で焼き払っただけにしては、襲撃者側の怪我人の数が多すぎた。
 それはつまり、旅団は今もまだ作戦中にあると言う事だ。

「召喚師が足りていないからな。
 怪我人の治癒も追いつかん」

 言外に込められた問いには気付いていたが、あえてルヴァイドは言葉通りに答える。
 マグナは自分の弟分ではあるが、軍人ではない。
 軍事行動中である自分達の内情を教えるわけにはいかなかった。本来ならば、野営地に宿泊させることすら間違っている。

「……明日、ここの人達の怪我、治していいかな?
 その……今夜の宿の礼に」

「いいのか?」

「それぐらいはさせてくれよ。
 本当なら、俺だってここに居たかもしれないんだしさ」

 デグレアは召喚術に関して極端に遅れた国だった。
 顧問召喚師であるレイムがデグレアに来たのは、およそ20年前。
 彼が召喚術の力を元老院議会に示し、これを取り入れると決めたのは数年後。
 たった十数年前に広がり始めた技術だ。デグレアは他国に比べ召喚術の技術で遅れを取りすぎ、才ある人間も数が少ない。軍隊での実践で使える召喚師の数など、ほんの一握りだ。癒しの力を扱える召喚師の数となると、さらに少ない。
 マグナなりに考えて――イオスの言葉を気にしての事だろうとは判ったが――レルムの村を襲撃した事は許せないが、だからと言って旅団員を憎むこともできないという結論に達したのだろう。他者を傷つけるためには力を貸したくはないが、癒すためになら力を振るおうと。

「……任せる」

 マグナの問いには答えられないが、厚意は甘受する。
 我ながら勝手だとは思うが、申し出を拒否する余裕が今の黒の旅団にはない。

「……用件はそれだけ。そろそろ天幕に戻るよ」

 あんまり野営地をうろつかれたくないだろ、と言ってから遠ざかるマグナの足音に、ルヴァイドは軽く瞼をふせる。
 無理と無茶と無謀の多いマグナではあったが、弁えるべきは弁えている。
 遠ざかる足音以上に遠く感じるマグナに、ルヴァイドはそっとため息を漏らした。

 おそらくは、もう二度と『兄さん』等と気安く呼ばれることもあるまい、と。

 そう思い、少しだけ寂しく感じた。






  
(2011.07.24)
(2011.07.30UP)