人間の足であれば足場を探して上へと登り、安全を確認しながら降りなければならない。それほど大きな倒木を、の召喚した一角の馬は一息に飛び越える。背中で揺られるは悲鳴を上げたいのだが、口を開けたら最後。舌を噛み切るに違いない、と咽の奥から暴れ出たがる悲鳴をぎゅっと目を閉じ、唇を引き結んで飲み込む。
 時々薄く目を開けて前方を確認するが、マグナの姿は見えない。
 乗馬経験など皆無に等しいにしてみれば、掴まっているのがやっとと言った乱暴な疾走だった。しかし背にをのせる側の召喚獣としては、主人に最大限の気をつかった緩やかな走りでしかない。召喚獣本来の実力から走る姿勢にかかる負荷まで、召喚獣にかける制約の少ないマグナにが追いつけるはずもなかった。
 せめてもの救いは、マグナが目的地を指差してから走り出したことだろうか。
 そのおかげで、マグナに置いて行かれる事となったとハサハにも彼を追い掛けることができる。
 地図の読み方と方角の調べ方は、リインバウムに来てから習った。
 特に、マグナが油断をするととんでもない方向へと道を誤るとキュラーに聞いてからは、必要以上と思えるほどに学んだ。
 地図を読むことに関してだけなら、も多少の自信を持って発言できる。
 主人であるマグナに対しても、その道は間違っている、と。

 もう一度前方を確認しようと目を開き、目前に迫る小枝に慌てて姿勢を低くして目を閉じる。ピッと額に鋭い痛みが走ったが、今は気にしている場合ではない。

 腰に感じるハサハの小さな手が心強い。

 ハサハが一緒に居てくれるおかげで、自分は一人ぼっちではない、と思う事ができた。
 自分より年少のハサハが居てくれるおかげで、年少者を守らなければと、年長者の意地が自分を奮い立たせてくれた。
 ハサハが一緒に居てくれなければ、自分はおそらく置いて行かれた事に戸惑い、ショックをうけてレルムの村から動けなかった。いつかマグナが迎えに来てくれるかもしれないと、受け身なことばかり考えて村に留まり、今頃は村の片づけを手伝っていただろう。
 ハサハが一緒に居てくれたので、自分はマグナを追い掛けられる。

 ぎゅっと腰に回されたハサハの手に力が込められるのを感じ、は自分が情けなくなった。
 自分にもう少し余裕があれば、「大丈夫だ」「すぐに追いつける」とハサハの手を握って慰めてやれるのだが。
 振り落とされないように必死に召喚獣の首に縋るには、ハサハを労る余裕はない。
 そして、ハサハの本当に小さな手にホッとする自分が恥ずかしい。
 こんな小さな少女にまで、自分は依存しなければ立ち上がることもできないのだ、と。

 いつまでも、このままではいけない。

 そう思う。
 他人の顔色を窺い、マグナに頼り、ハサハに頼り、自分一人では一歩前へと足を踏み出すだけで途方もない勇気がいる。
 人の輪から追い出されたり、マグナに置いて行かれるだけで、世界の終わりのように感じていてはダメだ。
 特に、マグナに頼りきってはいけない。
 マグナを『ご主人様』等と呼んではいるが、彼はより1つ年上なだけの少年だ。
 そんな歳若い少年に、の人生をそのまま押し付けてしまっては不味い。
 人間一人の人生など、まだ二十歳にも満たないマグナには重すぎるはずだ。

 自分とマグナの関係は、いつか必ず崩壊する。

 その前に、は自分の足で立つ事を覚えなければならない。






  
(2011.07.19)
(2011.07.28UP)