太陽がすっかり西の空へと消え、マグナの頭上には円に近い月が輝いている。
森の切れ目から崖になっている眼下を見下ろすと、半ば周囲の森に同化するように黒い天幕がいくつか確認できた。
マグナの予想は当たった。
当たってしまった。
以前、兄のように慕うルヴァイドから授けられた知識を元に、王都ゼラムとレルムの村の地理情報から、襲撃者が夜営地を展開するのなら、この辺りだろうと。
マグナは軍事訓練に参加したことはないが、一通り知識はルヴァイドから聞いた事がある。
野宿での火の起こし方、食べられるキノコの見分け方、集団行動での身の隠し方など、一人旅にも軍事行動にも活かせる知識を。
闇に慣れた瞳をこらし、マグナは天幕の布陣を観察する。
ルヴァイドから授かった知識から――――――ルヴァイドならば、どこに将の天幕を配置するかも予想ができた。
目指すは夜営地中央、一番小さな天幕だ。
改めて目的地を確認し、マグナは召喚獣に指示を出す。
人間の足や普通の馬では下りることはできない崖だが、召喚獣であれば飛ぶように駈け下りることができる。一度マグナに首筋を撫でられた召喚獣は、そこに崖など存在しないかのようにひらりと宙へと駆け出した。
「誰だ!?」
召喚獣の背に乗ったまま夜営地へと乗り込んだマグナを、3人の見張りの兵士が呼び止めた。油断なく槍を構えてマグナを囲み込むが、マグナは構わずリーダー格と判る兵士の前へと進んだ。
「……マグナ殿? なぜ、こちらに……」
侵入者の顔を松明で照らし、闇の中に浮かび上がったマグナの顔に兵士は瞬く。
瞬いた兵士の顔には、マグナも見覚えがあった。少し癖のある栗色の髪をした、イオスに次ぐ槍術の実力者だ。ルヴァイドの部下であり、彼が預かる黒の旅団の一員でもある。
――――――ああ、やはり。
ここは黒の旅団の夜営地で間違いないのだと、他2名の顔を確認してマグナは目を伏せる。
アグラバインの予想は、間違ってはいなかった。
「召喚獣に水を飲ませたいんだけど……」
「は!」
場にそぐわない要求をしながらマグナが召喚獣の背を降りると、一番年少と判る旅団員は槍を引き、背筋を伸ばした。
背丈はマグナより少し低い。おそらくは年齢もマグナより下だろう。黒髪を切りそろえた少年――まだ青年と呼べる年齢には見えなかった――は、マグナから召喚獣を預かると囲みを解いた。
一秒も無駄にすまいと機敏に歩く少年旅団員の背を見送った後、マグナは残り二人の間を抜ける。そのまま夜営地へと足を進めるマグナに、最初に声をかけて来た栗毛の旅団員が追い縋った。
「いや、そうじゃなくて……」
黒の旅団の総司令官たるルヴァイドが弟のように可愛がっているマグナとはいえ、一応は一般人だ。
我が物顔で軍事行動中の夜営地を歩かせる訳にはいかない。
そうは思うのだが――――――
「兄さんは奥?」
こうも堂々と――悪く言えばズカズカと――勝手知ったる他人の家とばかりに夜営地を歩かれてしまっては、歩みを止める努力をする方が虚しい。
以前からマグナは軍事施設であるはずの自分達の訓練所にも入り込んでいた。
それを今さら自分達の総司令官が咎めるはずもない。
一応の分別を求める叱責が総司令官からあるとしても、その叱責を受けるべきはマグナだ。
自分達は一応の止める努力をした、と迷いなく総司令官の天幕へと向かうマグナに栗毛の旅団員は追いかける事を諦めた。
「……あれ? そういえば」
自分と同じようにマグナを見送った同僚に、栗毛の旅団員は振り返る。
見張り3人の中ではリーダー格であるにも関わらず、マグナに軽くあしらわれた男に槍を収めた男が首を捻る。
「あの子達はどうしたんでしょうね」
「あの子達? ……ああ、護衛獣だっていう2人か」
マグナと言えば、最近では2人の少女を護衛獣として連れて居た。
常に2人が付いている訳ではないが、それでも必ずどちらか一人は側にいたはずだ。
それが今は、2人ともマグナの側にいない。
不思議には思うが、理由を問い質そうにも、当のマグナはすでに夜営地の奥に居る。夜営地周辺の見張りが役目である自分達が、今さら追いかけて理由を聞くわけにもいかない。
2人の旅団員は首を傾げながら、マグナを追い掛ける事で離れることとなった持ち場へと戻った。
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(2011.07.19)
(2011.07.28UP)