事前にロッカに教わった道筋を通り、マグナは村の片隅にある墓地へと辿り着いた。
墓地までの道筋にあった3軒の焼跡も覗いてみたが、どの家の中にも遺体は残されていなかった。間違いなく、犠牲者の埋葬作業はすでに始まっている。
村の片隅とはいえ、それなりの広さを持つ墓地に立ち、マグナは周囲を見渡した。
すぐ目につく範囲に、真新しい墓地は一つも見つからない。
以前からあったと判る苔の生えた石造りの十字架や、ヒビのはいった名前だけが刻まれたシンプルな形の墓石があるだけだ。
新しく土を掘った跡も、埋めた跡も見当たらなかった。
では遺体はいったいどこに、と墓地の奥へとマグナは歩く。
やがて村と森の境界が見える墓地の端へ辿り着くと、マグナは遠目でも判るほど大きな背中を見つけた。
一瞬熊かと見間違えるほど大きな背中には、見覚えがある。
「……アグラバインさんっ!」
知った人物の生きた姿を見つけ、嬉しくなってマグナはアグラバインの元へと駆け出す。気持ちが逸り、何度も途中で足をもつれさせた。
ほとんど転がるような勢いで自分の元へと駆け寄る足音に気がついたアグラバインが、墓穴を掘っていた手を休めて振り返る。
「おまえさんは……」
マグナの姿を認め、驚いて僅かに目を見開くアグラバインの前に辿りつくと、マグナは呼吸を整えた。
興奮しすぎて呼吸が上手く整ってくれない。
「よ、よか……良かった。無事、だったんですね」
目の前に立つアグラバインは幻などではなく、ちゃんと生きて存在しているのだ。
それをようやく確認し、マグナはホッと息を吐く。それからゆっくりと、大きく深呼吸をして、無理矢理呼吸を整えた。
見上げる程の巨躯を持つ老人は、別れた時と変わらない姿をしている。
やつれた様子も、大きな怪我をしている様子もない。
「……アグラバインさん?」
一瞬だけ瞬いた後、アグラバインは息を飲んで沈黙していた。
無事を確認する言葉にも答える素振りがない。
ただアグラバインの奇妙な沈黙――――――緊張に気がつき、マグナは訝しむ。
どこかおかしな雰囲気だ。
酷い怪我をしているようには見えないが、どこか悪くしているのだろうか。
それとも、たった2日世話になっただけの自分の顔を忘れてしまったのかもしれない。見知らぬ人間に突然話し掛けられれば、誰でも戸惑うだろう。今は必死にマグナの顔と知人の顔を重ね合わせ、マグナが誰であったのかを思いだそうとしているのかもしれない。
奇妙な沈黙を返すアグラバインに、マグナはどうしたものかと考える。
アグラバインが思いだすのを待つか、自分から説明するべきか――――――と悩んでいる内に、アグラバインはマグナが誰かを思いだしてくれたらしい。
「……おまえさんか。
妹はどうした? ゼラムへ迎えに行ったんじゃろ?」
妙に堅く低い声音で問われ、マグナは困惑する。
質問の内容から、アグラバインはマグナが誰であったかは思いだしてくれたらしいが、違和感があった。
朗らかに笑い、自分達に宿を貸してくれたアグラバインとは、何かが違う。
戸惑いから口を閉ざしたマグナをどう思ったのか、アグラバインはさらに語気を低めた。
「それとも妹を探しているというのは、家に上がり込むための嘘か?
本当はわしらの事を探る、間者だったんじゃないのか?」
「間者? 何を言って……?」
元々、アグラバインの家に泊まったのは、がアグラバインに招待されての宿泊だった。
マグナが妹を探しているという事情は、泊まることになった後で話したことであり、冷静に考えれば宿を借りるための口実になどなってはいない。それはアグラバインにも判るはずだ。
アグラバインの様子は、どこかおかしい。
「それよりも、どこか怪我でも……」
「先に問いに答えよ!」
雷鳴のごとき一喝に撃たれ、マグナは反射的に背筋を伸ばす。
アグラバインの様子は間違いなくおかしかったが、何か譲れぬ大切なことなのだとわかった。
「妹を探しているのは本当だよ。
あの後王都に行ったけど、妹は旅立った後で……
とりあえずファナンに行こうとしたら、ロッカにあったんだ」
「ロッカに、あった……?」
孫の名前を聞き、幾分緊張を和らげたとわかるアグラバインに、マグナは少しだけ胸を撫で下ろす。
様子がおかしいのは確かだが、アグラバインは気が触れているわけではない。
孫の無事を聞き、喜ぶ程度の冷静さは残っていた。
「無事、逃げおおせおったか……」
僅かとはいえ落ち着いたらしいアグラバインに、今度はマグナが質問をした。
アグラバインに大きな怪我はなく、村の惨状に打ちのめされてはいるが心は気丈に奮い立っている。間違っても気が触れている訳ではない。
そんな彼が、マグナを見て発した『間者』という言葉が気になった。
「それより、『間者』ってどういうことだよ。
俺達とこの村の惨状が、何か関係あるのか?」
まっすぐにアグラバインの瞳を捉え、マグナは詰め寄る。
アグラバインの様子は尋常でなかった。
ならば、その尋常ではない態度を取らせた何かが、村の焼き討ちには関わっているのだろう。少なくとも、アグラバインはそう考えているはずだ。
じっと自分を見つめるマグナに、僅かにアグラバインが迷いを浮かべる。
が、すぐに決心がついたのか、重い口を開いた。
「おまえさん達は、デグレアから来たと言っておったじゃろ」
「デグレア?」
確かに話した。
自分を引き取ってくれた人がデグレアに住み、マグナも先日までデグレアで暮し、そこで育ったと。
「この村を襲った連中は、全員黒い鎧を着ておった」
焼かれた村の惨状に、なぜデグレアの名前が出てくるのだろうか。
マグナの脳にゆっくりと言葉が染み込んでいく間にも、アグラバインは新たな言葉を紡ぎ続けた。
「あの鎧には見覚えがある……」
デグレアと黒い鎧。
この2つの組み合わせには、マグナにも心当たりがある。
チリチリと背筋を駈け登る嫌な予感に、マグナは耳を塞ぎたくなった。
「……まさか」
「あの鎧は――――――
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(2011.07.18)
(2011.07.21UP)