「おねえちゃん!」

 中央広場に戻ったロッカとをハサハが見つけ、マグナの横を離れてに駆けよる。
 隣で大人しく自分の召喚術を見守っていたハサハの突然の行動に、マグナもつられるようにへと振り返った。

「もう、平気?」

「……はい。すみません、取り乱してしまって……」

 と目が合うと、マグナは曖昧に微笑む。
 生気溢れるいつもの輝きが瞳にないのは、村の光景のせいか、の先ほどの態度のせいかはわからなかった。

「謝ることないよ。
 こんな光景を見たら、誰だって驚くさ」

 誰だって、と言っても、この場では以外の人間は誰一人として取り乱してはいない。一番年少であるハサハでさえも、マグナの服の裾を掴んでいる程度で、嘔吐まではしていない。
 その事実に気がついて、は視線を落とす。
 どこまでも自分が情けなかった。
 を慰めてくれるように抱き着いてきたハサハの髪を撫でると、ハサハは狐の耳を伏せながら顔を上げる。赤い瞳が心配気に揺らめいていた。

「おねえちゃん、おうた、うたって」

「え? 今?」

 子守唄程度になら、何度もハサハの為に歌ったことがあったが。
 さすがに、人が大勢殺され、今もまだ遺体がそこかしこに転がる状態で、のんきに歌などうたっても良いものだろうか。
 そうが戸惑うと、ハサハは小首を傾げた。

「さよならのおうた、うたって」

 歌をうたえ、と要求するハサハにが困惑していると、隣に立つロッカが先にハサハの意図に気がついた。

「……もしかして、鎮魂歌のことじゃないかな」

「鎮魂歌? 鎮魂歌なんて、わたし……」

 歌ったことも、聞いた事もない。
 そうがハサハに伝える前に、マグナがハサハの提案に乗った。

「ただレヴァティーンの炎で浄化するよりも、その方がいいかもな」

「そうですね。僕達4人しかいませんけど、簡単な御葬式がわりに……」

 お願いできますか? と村の生き残りであるロッカと、主人であるマグナに言われてしまえば、には断ることが出来なかった。






 歌うことは好きだが、人前で歌うのは恥ずかしい。
 はそう言ってロッカとマグナを広場から追い出した。
 でも、惨劇のあった村の中で、レヴァティーンが側に居るとはいえ一人きりになるのは怖い。そうも主張して、ハサハは今の傍らにいる。

 ロッカの言うような鎮魂歌は知らない。
 けれど、死者の安らかな眠りを祈るのなら、子守唄でも良いかもしれない、と。

 は心を込め、どこかで聞き覚えた子守唄をうたう。
 レヴァティーンの羽ばたきによって生まれた風が、の歌声を運ぶ。
 高く儚い旋律に、いつしかレヴァティーンの咆哮が重なった。

 人と竜との二重奏。

 風に運ばれ、伸びやかに村中を包んだ歌声は、詩と咆哮を祝福の光に変えて、雪のように静かに死に包まれた村へと舞い降りた。






「……悲し気な声ですね」

 広場から離れたため、ロッカ達にの声は聞こえない。
 しかし、レヴァティーンの切な気な咆哮は村のどこに居ても聞く事ができた。

「レヴァティーンは優しい気性だから。
 レルムの村の人達の事を悼んでくれているんだよ」

 竜を人間と同じような感覚で語るマグナに、ロッカは内心でレヴァティーンに感謝を捧げた。
 先ほどは4人しかいない葬式だと言ったが、5人いたのだ。村の惨状を悼み、村人を送ろうと思ってくれている存在は。
 広場の方向へと顔を向け、軽く頭を下げたロッカを、マグナは促す。
 遺体の腐敗は止められたが、だからといってあまりのんきに埋葬作業もできない。気持ち的にも、やはり早く村人達を土へと還してやりたかった。

「さあ、行こう。やる事はいっぱいある」

「そうですね」

 まずすべきは、墓地の確保だろうか。
 遺体の総数は数えきれないので、まずは場所があるかを確認したい。
 マグナとロッカは墓地へと続く一本道を歩いた。

「まずは墓地の様子を見て、瓦礫の下から遺体を出して、
 家族とわかる村の人達は一緒に」

 墓地の広さに余裕があれば、穴掘りはとハサハに任せれば良いだろう。重労働ではあったが、瓦礫の下の遺体を相手にするよりは精神的にもいくらかましなはずだ。いかに可憐な容姿をしていようとも、二人は召喚師でもある。いざとなったら召喚獣を使役して穴を掘るという方法もあった。
 新たな墓を作る用地がなければ、ロッカとマグナで森の木を切り倒せばいい。

「あとは旅人達ですが……」

 まず間違いなく村人よりも数が多い。
 村人の遺体を弔う以上の時間がかかる事はたしかだ。
 が、それでもやはり放置はできない。

「……マグナさん?」

 後ろに続いていたマグナの足音が止まったことに気がつき、ロッカは立ち止まる。何かあったのか? とロッカがマグナを振り返ると、マグナは一件の家の中に立っていた。

「どうかしましたか? 気分が悪いなら……」

「おかしい」

「え?」

 瞬くロッカに、マグナは少しだけ焦れたように周囲を示す。
 促され、焼けた家の中をみたロッカは違和感に微かに眉を寄せる。
 マグナの言うように、何か違和感のある家だった。

「この家には遺体がないんだ。それどころか……」

 他の家に比べて、家の中が整理されている気がする。
 マグナの指摘に、ロッカは改めて家の中を見渡した。たしかに、多少片付けられたらしい痕跡がある。食器棚は倒れているが、散乱しているはずの食器はない。割れた窓ガラスも、家の中には散らばっていなかった。

「まさか、生き残りが……っ!?」

 その可能性に気がつくと、あとはもうじっとしてはいられなかった。
 ロッカはマグナの立つ家の向かいの家へと飛び込むと、周囲を確認する。先に見つけた家と同じように、床に散乱した物のない片付けられた焼跡と、煤で薄汚れてはいるがシーツで包まれた――――――大きさから察するに、遺体が横たえてあった。
 村の中には、自分達以外の生者が。
 それも、村の整理をいち早く始めている人間がいる。

「……すみません、マグナさん。
 誰が片付け始めてくれているのか、この辺りを少し探してみます。
 先に墓地の様子を見てきてくれますか?」

「ああ、わかった」

 幾分表情を和らげ、泣いているのか笑っているのかわからない非常に微妙な表情をしたロッカに、マグナの声音も弾む。
 こんな惨状の村ではあったが、ようやく明るい兆しが見えてきた。






  
(2011.07.17)
(2011.07.21UP)