最後に一度。
 切な気な咆哮を響かせてから、マグナに与えられた役目を終えたレヴァティーンは送還の門へと姿を消した。
 マグナから預かった制御用のサモナイト石に、は心の中で感謝する。
 一緒に歌ってくれてありがとう、と。
 その声に応えるように紫色のサモナイト石は薄く輝いた。

 がサモナイト石をポケットにしまうのを待ってから、ハサハはのポケットから出てきたばかりの空の手を捕まえる。
 きゅっと手を握りしめるハサハに視線を落とし、は微笑んだ。
 本当ならマグナの側に居たかっただろうに、ずっと側で待ってくれていたハサハにも感謝しなければならない。

「そろそろご主人様達のお手伝いに行こうか」

 そうが赤い瞳を覗き込むと、ハサハはこくりと頷いた。






 村中に溢れる遺体は、何も家の中だけにあるわけではない。
 襲撃に気がついていち早く逃げ出した村人、宿を取れず野宿していた旅人等、少し視線を移動するだけで何体もの遺体が視界に飛び込んで来た。
 はできるだけ遺体と目を合わせないよう、心もち視線を上げて歩く。足下が不用心な気もしたが、とは逆にハサハが足下を確認してくれているので、危険はない。
 が何気なく屋根の焼け落ちた家屋の形を眺めていると、不意にハサハが足を止めた。

「……あれ」

「え?」

 すっとハサハが指を差す方向へと目を向けると、崩れた壁の奥で何かがぴこぴこと動くのが目に入った。
 どこか見覚えのある気がする青い――――――

「ロッカ、さん?」

 一房だけピンっと立ったロッカの前髪を見つけ、瞬く。
 ロッカなら、マグナと一緒に墓地に行ったはずである。
 とはいえ、今レルムの村にいる青い髪の人間は、が知る限り一人きりだ。
 ぴこぴこと動く髪の持ち主が、ロッカでなかった場合の方が怖い。

「ロッカさん!」

 右へ左へと動く青い髪に、は意を決して声をかけた。
 声をかけられた青い髪の主――やはりロッカだった――は顔を上げて達に向き直ると、別れた時とは別人のような活き活きとした表情をしていた。

「あの、ご主人様と一緒じゃなかったんですか?」

「ああ、うん。そうなんだけど……」

 達に気がついたロッカは、軽く地面を蹴って壁を乗り越える。表情ばかりか行動まで軽やかになったロッカに、何があったのかと聞く前にハサハがロッカの顔を覗き込んだ。

「ロッカおにいちゃん、うれしそう……」

「そうかな? ……そうかもしれないね」

 ロッカの表情につられて小さく微笑むハサハの頭を、ロッカは優しく撫でる。
 何故ロッカの気分が浮上しているのかがわからず、は瞬きながら頭を撫でられてうっとりと微笑むハサハを見守る。

「……誰か、他に生き残りがいるみたいなんだ」

「え?」

「この家と、向こう3軒は遺体がなくて、少し片付けられていた。
 僕達より先に誰か生き残りが戻ってきて、村の片づけを始めているらしい」

 ロッカの口から漏れた朗報に、にも自然と微笑みが戻る。
 ゆるゆると胸に染み込むロッカの言葉が、は自分の事のように嬉しくなった。

「良かったですね! 本当に、良かった……」

「ありがとう」

「それで、その生き残りの方は……?」

「この辺りには居ないみたいだ」

 村の別の場所を片付けているか、墓地にでも……とマグナが先に向かった方向へとロッカが顔を向けると、そのマグナが全速力で丘を駈け下りてくるのが見えた。

「あれ? マグナさん?」

「え?」

 言葉を途中で区切り、素頓狂な声をあげたロッカにつられ、はロッカの視線を追う。道の先、ハサハと連れ立って歩いていた道の向こうから、マグナが走って来るのが見えた。

 それも、全力疾走である。

 はマグナの養父から聞かされた彼に対する諸注意を思いだし、僅かに背筋を伸ばした。
 レイム曰く、暴走召喚列車。
 そんな有り難くない異名を、マグナは持っている。
 そして、明らかにいつもと違う様子を見せるマグナは、まさに『暴走召喚列車』の名に相応しく、猛烈な勢いでこちらへと走って来ていた。
 あの状態なってしまうと、普通の方法ではマグナの歩みを止める事が出来ない。一度落ち着かせるためには、多少の武力行使が必要となってくる。――――――そうなる前にマグナを止めることが、レイムがとハサハに望んだ役割なのだが。
 どうやらレイムの期待には応えられなかったらしい。

「ご、ご主人様……?」

 何やら話しかけ辛い形相でこちらへと走って来るマグナに、は勇気を振り絞って声をかける。
 マグナの気を逸らせる話題を探して、先ほどの自分の暴挙をまだ主人に詫びていなかった事を思いだした。

「あの、ご主人様。さっきは……」

 目の前まできてピタリと足を止めたマグナに、は肩を竦める。
 おそらく、今のマグナであればでなくとも身が竦む。
 言葉をかけたいのだが、上手く声が出てきてはくれなかった。

 そうこうしている間にマグナはの背後へと回り込む。突然後ろへと引っ張られたかと思ったら、マグナはに背負われた荷物をあさりはじめた。

「え? ええ?」

 戸惑うには一瞥もせず、マグナは荷物をあさり続ける。たぶん、何が必要だと言葉にし、が探した方が早く目的の物が出てくるだろう。
 確実に中に存在するものであっても、何故か見つからない。
 そんな乱暴な探し方をしながら、マグナは墓地で見た事をロッカに伝えた。

「先に片づけを始めていたのは、アグラバインさんだったよ」

「おじいさんが……」

 いまだ姿を見かけない生存者の正体が祖父だと知り、ロッカの口元が緩む。
 マグナの報告にとハサハも喜びたいのだが、それよりも自分達の主人の様子が気になった。
 なにか、ひどく焦っている。
 アグラバインを見つけたと言うマグナにいったい何があったのだろうか、ととハサハは顔を見合わせた。

「この先の墓地で、新しい穴を掘ってた……と」

 ようやく目当ての物を見つけ出したのか、マグナはの背中を解放する。
 荷物袋の中身を散々に荒らされたは、それを整理するために荷物を背中から降ろした。やはりと言うか、中はすごい惨状になっている。
 の降ろした荷物の横にマグナは地図を――マグナが探し出した物は地図は、出しやすい場所にしまってあった観光用の地図ではなかった――広げ、覗き込む。
 突然戻って来たと思ったら、誰の言葉も聞かず一方的に話し続け、背負ったままの荷物をあさってまで地図を取り出したマグナに、は荷物を整理することよりもマグナの行動を見守ることにした。

「あの、ご主人様? どうしたんですか?」

 話しかけてはみるが、マグナからの応えはない。
 マグナは広げた地図の方角を確認すると、レルムの村と王都の位置を確認していた。

「王都街道を歩く旅人から見えなくて、水があって、
 村の様子がわかって、でも集団で姿を隠せそうな場所は……」

 観光用の地図とは違い、山や谷の高低差や正確な距離までもが書き込まれた地図をマグナの指がなぞる。マグナが何を探しているのかは解らなかったが、はマグナの行動を黙って見守る事にした。

「……ここだ!」 

 トンっと力強く地図の一点を叩き、マグナは地図から顔を上げる。
 レルムの村からやや離れているが、王都程の距離はなく、山と谷に挟まれた小川のある一点。
 マグナがいったい何を見つけたのかは解らなかったが、はマグナが指差したその場所を記憶した。今のマグナの勢いを見る限り、今記憶しておかなければはぐれてしまう危険がある。
 目的地が定まったため、マグナは地図をたたもうとするが、慌て過ぎて手がマグナの思考に追いつかない。結果としてほとんど握りつぶされた地図がの手の中へと返却された。

「ロッカ、悪い。
 急用ができて、片付けが手伝えなくなった」

「え?」

 握りしめられた地図を開き、たたみ直すの横で、マグナが不穏な発言をする。
 急用とは、急ぎの用事ということだ。
 地図をたたむ手間どころか、地図はどこにしまった? と聞く手間すら惜しんだマグナの頭が、とハサハを計算にいれているかは非常に妖しい。
 とにかく急いで地図を片付けようとが荷物袋に向き合うと、背後から緑色の召喚の光が溢れ出した。

「!?」

 予想はしたが、まさか本当に置いて行かれるとは思わず、は背後を振り返る。マグナの姿はすでに召喚獣の背にあった。

「おにいちゃん!?」

「ご主人様!?」

 止める間もなく走り出した召喚獣に、慌ててハサハが追い縋る。
 荷物を降ろしていた為に出遅れたは、逆に少しだけ冷静になれた。
 マグナが呼び出したのは、幻獣界メイトルパの召喚獣。それも走る事を得意とした獣だ。とてもではないが、人間の足で走って追いつける物ではない。
 化けているため2本足な上に着物姿のハサハでは、なおのことだ。
 マグナを乗せた召喚獣は森の中へと飛び込み、もう後ろ姿も見えない。それでもマグナを追おうと懸命に走るハサハに、は荷物の整理をしながらロッカへと向き直った。

「すみません。ご主人様が行ってしまうので、わたしも追いかけます。
 本当なら片付けをお手伝いしたいんですが……」

「腐敗を止めてくれただけで充分ですよ。
 それより、今はマグナさんを追い掛けないと」

「……はい」

 村の惨状を知った上で放置するのは心苦しいのだが。
 マグナに置いて行かれることは、護衛獣であるとハサハにとっては存在意義に関わる。
 どちらも優先したいの困惑しきった表情に、ロッカは苦笑を浮かべた。

「後は僕とおじいさんとで片付けます。
 どんなに時間がかかっても、一人じゃないってだけで頑張れそうな気がしますから、
 この村はもう大丈夫ですよ」

「……ごめんなさい」

 気にしなく良いと微笑むロッカに、は深々と頭を下げてから、地図を片付けた荷物袋を探る。
 取り出すのは、緑色のサモナイト石。
 マグナが呼び出したのと同じく、幻獣界メイトルパへの住民を呼び出すための石だ。

「ハサハちゃん!」

 は荷物を背負いながらハサハを呼ぶ。
 100メートル程離れた場所で転んだハサハは、とマグナの消えた方向を見比べた後、すぐに立ち上がっての元へと走り始めた。
 ようやくハサハも冷静さを取り戻したらしい。 
 
 緑色のサモナイト石を手の平に乗せ、は深呼吸を繰り返す。
 相性が良いのは霊界サプレスだが、多少であれは幻獣界メイトルパの住民の力を借りることもできる。程度の人間に力を貸してくれる召喚獣となると、気が優しい変わりに戦闘には向かず、足が早いといっても人間と比べれば多少早く、スタミナが持つぐらいが売りだ。先に飛び出したマグナに追いつけるような俊敏さは望めない。
 それでもとハサハが走って追い掛けるよりは、まだ僅かだが追いつける可能性があった。
 召喚の門を潜って一角をもった馬に似た召喚獣が現れるころには、ハサハはの元へと辿り着いた。
 着物であるため足が開かず、召喚獣の背に乗れないハサハをロッカが手伝う。
 はハサハに続いて召喚獣の背に乗り、改めてロッカに別れを告げた。

「それじゃあ、失礼します」

「気を付けて。
 マグナさんに追いつけるといいね」

「目的地はわかっていますから……」

 なんとか追いつけるといいな、とは召喚獣に出発の合図を送る。
 普段喜びに任せて抱き着かれたりと戸惑うことのあるマグナの仕種ではあったが、今日はそのおかげで助かりそうだ。地図を探るマグナが「見つけた!」と大喜びをして地図の一点を叩いてくれたおかげで、追い掛けるべき方向を見失わなくてすむ。
 後はハサハと一緒に、召喚獣の首に振り落とされないようにしがみついていれば良い。

 それで良いはずだ。






 
(2011.07.18)
(2011.07.21UP)

 デグレア時代の暴走召喚列車なマグナを止めるのは、たぶんガレアノの役目。
 ガレアノが稼いだ時間でキュラーが罠を張って、ガレアノがマグナに病院送りにされた後で、マグナがキュラーの罠にはまって、レイムに懇々と説教をされて、冷静になるのサイクルで。
 たまにキュラーの役割がルヴァイドになったり、ガレアノの役割がイオスになったりもする。
 たぶん。