簡単に休憩所の中を確認した後、マグナは建物の外へと足を向ける。
 ユウナは気が付いていなかったが、建物の床や壁には人が争った形跡があった。
 ということは、極最近も山賊の犠牲者がいたはずだ。
 ハサハが呑気に尻尾を揺らしていたので、今日の所は建物の中に山賊が潜んでいる事はないと思うが、外からやって来るとなれば、話は別だ。
 無駄足になる事を祈りつつも、確認をしておいて損はない。

(……そう言えば)

 召喚術によるものと判る壁の傷を思いだし、マグナは首を傾げる。

(あれから何度か雷が落ちてきたけど……)

 ユウナの側にいる時に稀に発生する雷。
 紅い髪の悪魔の証言によれば『呪い』らしいが――――――

(召喚術、だよな。どう考えても)

 自然発生した雷でないことは、体感的に悟っている。
 自然の力であれば、マグナが何度も落雷を受けて生きていられるはずがない。最初の1回で間違いなく輪廻の輪へと返る事になるだろう。
 あの雷は自然の力ではなく、召喚術で作為的に起こされた現象であるからこそ、威力が弱く、マグナは今も生きていられるのだ。
 落雷の直前には、いつも僅かだがサプレスの気配を感じる。

(本当に『呪い』、なのかぁ……?)

 過去、自分の頭上へと落ちてきた雷のタイミングを思い返し、マグナは頬を掻く。
 初めて雷の洗礼を受けたのは、ユウナの召喚術が安定して成功するようになった日。
 養父からユウナの成長を聞き、我が事のように嬉しくなって彼女を抱き締めようとした時に突如頭上から落雷があった。同じ日、夕食がビーフシチューだと伝えられた時も、同じように彼女を抱き締めようとして落雷にあった。
 旅に出てからは、躓いたユウナを抱きとめては、彼女を放した瞬間に雷が落ちてきた。

 悪魔が自称する『呪い』の発動条件は、ユウナとの過度の接触。

 ただし、足場の悪い場所等で助力の形で手を引く場合などはこれに含まれない。
 普通に手を繋いで歩く程度のことも可能だ。
 レルムの村でリューグと出会った経緯によれば、接触をしなくとも害意をもって近付く者も排除される。
 ハサハのような少女――むしろ、女性括りなのだろう――は抱き着いても、抱き締められても、なんの反応もない。
 基本は男性限定に発動する呪いだ。
 呪いを自称した悪魔の行いは、結果としてユウナを守護している。
 長い目で見ればいつかは解かなければならないが、今すぐに解く必要のない『呪い』だった。

(あの顔で、その辺の木陰からこっそりユウナのこと見守ってたりしたら笑えるんだけど)

 残念ながら、そのような気配は感じない。
 一度だけ見た護衛獣としてユウナに呼び出された紅い悪魔を思いだし、マグナは苦笑を浮かべる。
 すらりと背が高く、無駄な筋肉は一切なかったが貧弱とも言えない身体つきの青年。野性味溢れる顔つきと、特徴的な大きな角、炎のような真紅の髪。爛々と輝く3つの紅い瞳。
 召喚によってユウナの目の前に現れた悪魔は、その瞬間にユウナの細い首へと手を伸ばした。そのまま少し言葉を交わすとユウナの首を解放し、深いため息を吐く。二人がどんな会話をしたのかは知らないが、ユウナを解放した悪魔は挑むように微笑んだ後、彼女の額へと唇を落とした。

 これは『呪い』だ、と笑いながら。

 『悪魔』が莫迦正直に『呪い』と言ったのだ。
 実際の成果を見る限り、裏返して受けてとるのがおそらくは正解なのだろう。
 悪魔がユウナに与えたものは、『呪い』という名の『守護』。
 ユウナは彼を護衛獣にする事は出来なかったが、魔公子と謳われる悪魔の中でも1・2を争う実力者の守護を得ることに成功していたのだ。

 幼い外見と反比例する戦闘能力を隠し持つハサハと、魔公子の守護を受けるユウナ。
 山賊が潜んでいるかもしれない場所に二人きりで残したとしても、実はそんなに心配をする必要がない。
 むしろ心配が必要はのは、山賊が来るかもしれないと建物の外にいる自分の方だ――――――とマグナが気を引き締めると、不意に背後で足音が聞こえた。

「「!?」」

 背後に感じた自分達以外の気配に、マグナは大剣の柄を握って振り返る。
 突然振り返られた上に剣の柄まで握るマグナに驚いたのか、背後――今は正面だ――に立った人物は目を丸く見開いていた。

「あ、すみません。驚かせてしまいましたか?」

「……え?」

 口調こそ穏やかではあったが、見覚えのある顔から出た違和感を覚える言葉に、マグナは二度三度と瞬く。
 物覚えが悪い自覚はあったが、彼と出会ったのはつい数日前の事であったし、行きずりとはいえ二晩も宿の世話を受け、それなりに打ち解けて交流した。さすがのマグナもたった数日で彼の顔を忘れるはずはない。

「えっと……リューグ、だよな?」

 なにやら妙に物腰穏やかな表情と口調に違和感が拭いされないが。
 目の前に立つ少年は、どこからどう見てもレルムの村で出会ったリューグだった。
 ただ、何故か髪の色が違う。
 レルムの村で出会ったリューグの前髪は染めてあるのか赤かったが、今日の彼の前髪は青い。眉と後頭部は同じ栗色をしているので、前髪だけ色を変えてるのだろうが、色を変えてあるだけにしては、目の前のリューグには違和感があった。

「なんか、違和感が……?」

 なにかおかしい。
 それは判るのだが、何がおかしいのかが解らず、マグナは首を傾げる。
 本気で悩み始めたマグナに、目を丸くしていた『リューグ』は苦笑を浮かべた。

「僕はロッカといいます。リューグとは双児の兄弟の」

「ふた、ご……?」

 双児と聞いてみれば、そんな話をアグラバイン宅で聞いたような気もする。
 二晩も宿を借りたが一度も顔をあわせる事がなかった、アグラバインのもう一人の孫。

「あ、ああ! そっか。うん、わかった」

 リューグと同じ顔を持つ少年から告げられた違和感の正体に、ようやく納得ができた。
 そう言われてみれば、これ以上に納得のいく言葉はない。
 双児の兄弟。
 顔は同じだが、まったくの別人だ。
 違和感があって当たり前。

「失礼ですが、あなたはどこでリューグと?」

「ええっと……少し前に、レルムの村で。
 アグラバインさんに宿を借りたんだよ。その時に、少し」

 ほんの一時、手合わせをした。
 リューグの真直ぐな剣筋を思いだし、マグナは柄を掴んでいた手を降ろす。
 リューグの兄弟ならば、間違いなく山賊の類いではない。

「そっか、リューグの兄弟か。
 どうりで顔が同じなはずだよ……びっくりした」

 正体を知ってしまえば不思議はない。
 顔はそっくり同じだが、話し方、表情から内面はリューグの真逆と判るロッカをマグナがまじまじと見つめると、最初は戸惑っていたロッカの顔が僅かに陰る。

「……?」

 ロッカの微かな表情の変化を見逃さず、マグナは首を傾げた。
 すぐにマグナの物問いた気な顔に気付いたロッカは、一瞬だけ浮かべた影を心の奥へと押し込める。

「あ、いえ。なんでもありません」

「……なにかあったのか?」

「……」

 戸惑いから苦笑に移り、僅かに陰りを帯びたロッカの表情は、今や完璧な作り笑いで隠されてしまった。人の善さそうなロッカではあったが、これ以上は何を聞いてもかわされるだけだと、マグナにも彼の身に纏った雰囲気でなんとなく判る。
 自分が聞いて良いことなのか、悪い事なのかは判らなかったが――――――

「え?」

 ポンっとロッカの肩に手を乗せ、ぐるりと後ろを向かせる。
 ロッカとマグナの目の前には休憩所の入り口であった。

「とりあえず、ここで会ったのも何かの縁だ。
 一緒に昼御飯でも食べないか?」

「え? あ、いや……僕は……」

 一応の疑問系をとりつつも、マグナにロッカの辞退を受け入れる気はない。
 肩を掴んだまま休憩所の中へとロッカを誘うと、ひょっこりと黒髪を揺らしてユウナが顔を出した。

「ご主人様、お湯が……」

 お湯が沸き、茶の用意が出来たとマグナを呼びにきたユウナは、自分とマグナの間に立つ事となったロッカの顔を見るなり目を丸く見開く。

「あれ? リューグさん?」

 たった今マグナの誤解を解いたばかりのロッカは、また同じ説明をする事になったようだ、と微妙な表情を浮かべた。






  

(2010.10.15)
(2010.10.19UP)