卓の上に広げられた3人分のお弁当を4人で食べながら、は居心地悪く身じろぐ。
強引とも思えるマグナの誘導からロッカと昼食を食べる事になったが、なんというのか――――――雰囲気が悪い。
空気が重いとも言う。
沈黙が痛い、かもしれない。
リューグほど愛想は悪くないが、はっきりと判る作り笑いを浮かべたロッカは、リューグとは別の意味で自分達との交流を拒んでいた。
雰囲気だけは穏やかなロッカは、マグナの振る他愛のない話題に軽く相槌を打つが、それだけだ。自分から話題を振る事も、マグナの恍けた話に突っ込みを入れる事もない。
ただ黙々と自分に割り当てられた食事を口に運びながら、時々手を休めるロッカには気が付く。
どこかぎこちない。
何かおかしい、とがロッカの表情を盗み見ると、丁度最後の一口がロッカの口の中へと押し込まれた。
「……ごちそうさまでした。それじゃあ、僕は……」
「あ、あの!
少しだけ、待って下さい」
これで誘われた義理は果たしたとでも言うように腰をあげたロッカに、は珍しくも積極的に声をかける。そっとロッカの腕に手を重ねて押し止めると、スカートのポケットに忍ばせたサモナイト石を取り出した。
「聖精リプシー、お願い」
の呼び掛けに応え、小さな召喚の門から姿を現わしたリプシーは、召喚主にかわいらしくウインクを浮かべると、まっすぐにロッカの肩へと飛んだ。
ピコピコと小さな手を懸命に振ってロッカの肩の上で癒しの光りを放つ天使に、召喚術に集中しているの変わりにマグナが口を開く。
「その怪我、どうしたんだ?」
早くこの場を離れたい、とでも言うように黙々と食事を進めるロッカが、時々手を休めていることにはマグナも気が付いていた。ただ、聞いて良いことか悪い事かが掴めなかったため、らしくもない探りを入れる事を優先し、治癒という意味ではに出遅れることとなった。
「……」
「ってうか、なんでレルムの村にいるはずのロッカがここにいるんだ?」
「…………」
「ホントだったら、今頃リューグと一緒にアメルを……」
レルムの村で聖女アメルを護衛しつつ、聖女の奇跡を頼って集まった大勢の旅人や病人の整理・誘導しているはずである。
間違ってもレルムの村から離れ、一人で旅に出るような状況にはなかったはずだ。
治癒の終わったリプシーを送還し、改めてロッカを見上げたは口を閉ざす。
ロッカの先ほどまでの作り笑いはなりをひそめ、今ははっきりと青ざめた表情をしていた。
「ロッカ? アメルは……」
「村が……」
と同じく、ロッカの表情に気が付いたマグナが青ざめる。
ただ事ではない何かが起こったのだという事は、続きを聞かなくともわかった。
「村が、何者かに襲撃された」
項垂れながら膝に落とした手をきつく握りしめるロッカに、の隣でハサハが震える。椅子から下りると卓の下を通ってマグナの隣に移動し、ぎゅっと服の裾掴んだ。
「あいつら、老人も子どもも、病人すらお構い無しに……」
お構い無しに、何をどうしたのかは聞きたくない。
それから解った。
ロッカから感じる、自分達を拒絶する理由が。
正体のわからない者に襲われ、自分もいつどうなるか判らない。
ならばせめて、無関係な自分達を巻き込む事がないよう、最初から関わらないように気を使ってくれていたのだ。
「家は焼かれて村は壊滅。
おじいさんとも離ればなれになってしまった」
優しく微笑みながら送りだしてくれたアグラバインの顔を思いだし、は震える。
アグラバインだけではない。
二晩世話になるうちに、何人かの村人の顔を覚えてしまっている。
召喚術で傷を癒した少女、その母親、酒場で絡まれ怖い思いをさせられた男達等、すぐにでも顔を思いだせる人物が、あの村にはもう居ないのだ。
「……アメルとリューグは?」
マグナの口から出た名前にとハサハは一瞬だけ青ざめるが、ロッカが僅かに表情を和らげたことにより、幾らか気持ちが軽くなった。
最悪の報告だけは聞かずに済みそうだ、と。
「アメルは、とりあえず安全だと思える所に預けた。
リューグも一緒だ」
ようやくの少しだけ明るい知らせにマグナは口元を綻ばせる。
アメルは生きている。
それも、リューグと一緒に。
リューグの腕前は、一度手合わせをしたので知っている。
彼が一緒にいるのなら、襲撃者が余程の手練――例えば、マグナの剣の師であるルヴァイド等――でもなければアメルの身の安全は保証されたようなものだ。
「そっか……。アメルとリューグは無事、か……」
「それで、ロッカはどうして一人で?」
最悪の報告だけは聞かずにすんだ、と食事を再開したマグナに、とハサハも自分に割り当てられた弁当を口へと運ぶ。心無しか、マグナの食べるペースが先ほどまでよりも早い。ということは、自分達もそれに合わせた方がいいのだろう。
食事を終わらせて早々に立ち去るそぶりを見せていたロッカも、秘めた物を吐き出してしまい、少しは楽になったらしい。マグナの質問にも素直に答えてくれた。
「意見の相違、かな……?
あいつは襲撃者と戦いながらアメルを守る事を選んだ。
僕はそれが正しい方法とは思えない。
だから――――――」
少しだけ遠くを見つめるロッカから目を離さず、マグナは黙々と食事を続ける。慌てて流し込んだお茶が気管に入り咽せた。
「だから、僕は二人がいつでも帰ってこれるように、
村を元通りにしておこうと思ったんだ。
それに、もしかしたら僕らみたいな生き残りが戻ってくるかもしれない。
それでなくても、村の人達をちゃんと弔ってあげたいし……」
「……レルムの村に帰るなら、方向が違うよな?」
王都街道からのびるレルムの村への脇道は、休憩所へ付く半刻ほど前に通り過ぎた。
ロッカが一人で村の外にいる理由は解ったが、村に戻る途中と言うのなら休憩所で出くわすのはおかしい。
「村にはまだ襲撃者がいるかもしれないからね。
一応、生き残りがいないか探しながら、遠回りをして帰るつもりだよ」
『襲撃者』という言葉に重ねるように、ロッカは右腕を――リプシーが治癒した肩を――持ち上げた。つまりはリューグ達と別れた後、すでに襲撃者と出くわしているのだ。
最後の一口を飲み込んで、マグナはロッカではなくとハサハの顔を見る。
「……という訳だけど、いいかな?」
何がかは、聞かなくとも解った。
マグナに遅れて最後の一口を飲み込み、は小さく頷く。その正面で、ハサハが口の中いっぱいにおかずを詰め込んでコクコクと力強く頷いていた。
「わたし達はご主人様の決定に従います」
妹を追い掛けることは大切だが、世話になった村人の訃報を聞いて、聞かなかったふりもできない。
いつ襲撃を受けるとも解らない旅路になる。
関わりたくないと思うのが普通――むしろ、一人であれば絶対に関わらないし、関われない――なのだろうが、普通ではない選択をできるマグナが、彼の護衛獣として誇らしい。
「そんなわけで、村まで送るよ、ロッカ」
少女二人の了解も取れたことだし、と早速卓の上に広げた弁当の包みを片付け始めるマグナにロッカは驚いて瞬いた。
「え!? でも……危険だっ!」
襲撃者の正体も、戦力も解らないというのに。
「送って行くよ。これでも結構強いんだ」
リューグにだって負けてなかったぞ、と続けたマグナに、ロッカは目の前の少年が『いつ』レルムの村を訪れたのかを知った。村の外から来る旅人を嫌うリューグが珍しくも打ち解け、二晩も家に泊めたという旅人。あの日の夕食に並んだ川魚料理は、旅人の少女が作ったと祖父が言っていたが、それが今召喚術を操った少女だ。
そしてレルムの村は、彼等が旅立った日の深夜に襲撃を受けた。
「アグラバインさんにもいろいろお世話になったし、
村人全員を弔うのなら、人手もいるだろ?
……送らせてくれよ、一緒に」
『送る』という言葉には、二重の意味が込められている。
『レルムの村まで送り届ける』と『村人を共に弔いたい』という意味が。
言外に込められた意味を正確に汲み取り、ロッカは微かに逡巡する。
リューグを凌ぐ実力者が一緒にいてくれるのならば心強いが、家に泊めた旅人は目的があって旅をしていたはずだ。祖父からそう聞いている。
確か、旅の理由は――――――
「あ、でも……君たちは、……妹探しをしているはず、じゃあ……?」
血が繋がらないとはいえ、ロッカもまた妹を持つ身である。
同じ兄として、マグナがどんなに妹を大切に思っているかは推し量る事が出来た。
その妹探しを中断させてまで、自分の危険な旅路につき合わせることには抵抗がある。
「それが、王都で行き違っちゃって。現在全力で手がかりなし。
とりあえず、ファナンにでも移動して情報を集めようかって話してたトコだよ」
「だったら、やっぱり……」
行き違ったということは、まだ近くにいるはずだ。
自分と一緒にレルムの村へ行く隙などない。
「妹探しは大事だけど、もう何年も離れてたんだ。
今さら再会できるのが何日か後回しになったって、大差ないよ。
それよりも、お世話になった人達を……」
土の下に弔うことぐらいは手伝いたい。
死んでしまっては、マグナの召喚術はなんの役にも立たないが。
両手があれば、墓穴を掘れる。
両足があれば、遺体を運べる。
人数がいれば、それらの作業も早く片付く。
遺体の傷みの進行より、少しでも早く。
少しでも早く、哀れな骸を土に返してやりたい。
それはマグナとロッカに共通する想いだ。
「……お世話になります」
そう短く告げて、ロッカは深々と頭を下げた。
戻 戻
(2010.10.16)
(2010.10.19UP)