満天の夜空に急かされるように、トリスは自分の足を前へ、前へと押しだした。
そうしなければ自分は倒れてしまう。
倒れてしまったら、もう起き上がれない。
起き上がれたとしても、再び走り出すことはできない。
それが解っているので、トリスは努めて余計なことは考えないようにし、足だけを動かす。
今の自分が思考すべきことは、『疲れた』でも『休憩を取りたい』でもない。
自分が掴んでいる手の持ち主を、どこか安全な場所まで連れ出すことだ。
同じ年頃の少女とは思えないほどに細い手首が、心細く、痛々しい。
が、それ以上に説明のできない懐かしさがトリスの胸を占め、『掴んでいる手を離してはいけない』という緊迫概念に苛まれた。
この手は、例え何があっても離してはいけない。
先頭をひた走るフォルテの背を睨み、トリスは走り続けた。
体力勝負には弱いはずの兄弟子と、出会ったばかりの護衛獣を気遣う余裕はない。
しんがりを務めてくれているケイナに振り返り余裕もない。
守りたい少女が時々躓くのも気にかける余裕もない。
今夜、自分たちに何が起こったのか――――――?
それを正しく理解している者は、たぶんいない。
ただ、自分たちが滞在していた村が何者かに襲撃をうけ、世話になった村人に少女を――――――聖女アメルを托された。
それだけは確かだ。
確かだが――――――トリスには托されたという以上に、アメルに覚える既視感がある。
繋いだ手は、離してはいけない。
今度こそ、絶対に。
覚えのない懐かしさと切なさに、トリスの視界が歪む。
煙りに燻されたので、目に入った異物を追い出そうと勝手に涙が出ているのだ。
そう無理矢理自分を納得させて、トリスは鼻をすする。
懐かしさのせいではない。
切なさのせいではない、と何度も自分に言い聞かせながら。
前 戻 次
(2008.06.09UP)