が庭園を出て行くフレイの背中を見送っていると、クレープを両手で大切そうに持ちながらハサハがベンチへと走り寄ってきた。その後ろを、マグナがのんびりと歩いてくる。

 その姿に、は遅れながら首を傾げた。

 派閥に潜入できたのなら、マグナの驚くべき行動力をもって妹を見つけだし、てっきり連れて出てくると思っていたのだが。
 行きも帰りも人数は変わらず。
 マグナとハサハの2人連れだ。
 そこに、トリスの姿はない。

「おまたせ〜」

 のんびりとした笑顔のマグナに、は遠慮がちに感じたばかりの疑問を口にだす。

「あの、それで……トリスさんは?」

「それなんだけど……」

 答え難そうに言葉を濁すマグナに、は首を傾げた。
 やはり聞いてはいけないことだったのだろうか? と俯いたの横を通り過ぎて、マグナは下草の生えた木陰に寝転んだ。

「はっきりは聞き取れなかったんだけど、
 トリスは『見聞の旅』とやらに出たらしい」

「見聞の旅?」

「ちなみに、目的地は『不明』……っていうより、
 『無い』っての正しいみたいだな。蒼の派閥では」

 つまりは、『任務』の名を借りた『追放』だ、と出かかった言葉を、マグナは飲み込む。そんな言葉を使えばが気にするだろうことは容易に想像できたし、同じ『旅をする』にしても、あまりにも自分との差がある妹に、マグナは申し訳なさでいっぱいになる。トリスはあくまで、自分と間違えられて派閥に送り込まれたのだ。同じ言葉を受け、外の世界へと放り出されていたのは、本当ならば自分だったのかもしれない。

 の隣に腰を降ろし、懸命にクレープを半分に千切るハサハをしり目に、マグナは軽く目を閉じる。
 いつもならば眠気を誘われる最高の木陰であったが、さすがに今日はそんな気分にはならなかった。

「さて、どうするかな……」
 
 派閥の施設で生活しているのならば、派閥の中をくまなく探せば良い。もしくは、王都の中をくまなく探しても良い。1日や2日で終わる作業ではないが、『王都』という範囲に限定されているのなら、トリスが毎日のようにどこかへ移動しようとも、いつかは見つけだせる。
 が、それが王都の外となると話は別だ。
 王都とは比べようのない範囲を移動するトリスに、なんの情報もなくマグナが追い付くことは難しい。

 これで、マグナがトリスを探す手がかりは完全に無くなってしまった。

 深いため息をついたマグナに、ようやくクレープを千切り終えたハサハが、大きな塊を塊を差し出す。体を起こしたマグナは、ハサハの差し出した大きな塊を避け、ハサハの胸元の小さな塊を手に取る。クレープを綺麗に千切れなかったハサハが、大きい塊をマグナに渡すか、小さい塊をマグナに渡すか、と一生懸命葛藤しているのを、何気無しに見ていた。
 小さな塊を手にとって早速クレープを食べ始めたマグナに、ハサハは一瞬だけ瞬いた後、嬉しそうに大きなクレープを口に運んぶ――――――と、不意に背後から声が聞こえた。

「あの〜、ゼラムを出て、旅に出るっていうなら、
 まず南のファナンに向かわれるんじゃないですかねぇ〜?」

 突然会話に割り込んできたどこか間延びした声に、とマグナは声の方向へと振り返る。視線の先にオレンジ色のミニスカートと、豊かな胸元をレースのエプロンで飾った女性の姿を捕らえると、マグナとはそろって首を傾げた。

 女性の顔に、見覚えが無い。

 そもそも、自分達はデグレアからの旅行者だ。オレンジ色の女性のように気安く話し掛けてくる相手が、王都にいるはずはない。
 首をかしげたマグナとに、女性はにっこりと微笑んだ。

「すみません。お話が聞こえたので、
 いっぱい買ってくれたお礼に、口をはさませていただきました〜」

 つんつんっとクレープの屋台を指さし、女性は笑みを深める。
 女性に促され、屋台を見たは苦笑を浮かべた。
 フレイの買った分を含め、4人で14個ものクレープを購入すれば、たとえ行きずりの客であっても関心を持ち、ついつい口をはさみたくもなるだろう。

「で、お話を戻しますが……やっぱり、ゼラムから旅にでるなら、
 ファナンへ向かうのが有力だと思うんですよ。
 あそこは港町で、船にのれば世界中へ旅立てますし、
 ゼラムの北には、小さな町しかありませんし」

「北か……」

 クレープの最後の一欠片を口の中に放り込み、マグナは腰をあげる。
 さすがに、親切心からアドバイスをしてくれている女性に、いつまでも地面に座ったまま相手をするのは失礼だ。

「これから旅に出る、って考えたら……
 逆に北の街ってこともあるかもしれないな……」

「ほへ? なぜです?」

 濃い茶の髪を揺らしながら首を傾げる女性に、マグナは素直に答える。
 別に、隠しておくほどのことでもない。

「俺たちが生まれたのは、聖王国の北の街なんだ。
 世界中を回るつもりなら、まず一度故郷に寄って行くかもしれない」

「なるほど〜」

「……すみません。せっかくアドバイスをもらったのに」

 小さく頭を下げたマグナに、女性は笑顔で答える。

「いえいえ。気にしないでくださいまし。
 聞こえてきた話題に、勝手に口をはさんだだけですから」

 それから、『それでは、そろそろお店に戻りますね〜』と来たとき同様の間延びした声で告げて、女性は屋台へと走り去って行った。

 小さくなるその背中を見送り、マグナは空を見上げる。

 クレープ屋の女性には『北かもしれない』と答えはしたが。
 絶対に『北』とも云い切れない。

「う〜ん、どうしようかな……」

 2択とはいえ、これを外すとかなりの痛手だ。
 マグナは青い空を見上げ、今後の予定を考え――――――まずは、今夜の宿の確保だな、と結論を先へと伸ばした。






  

(2008.04.18UP)