「どうせなら、パパみたいな金髪がよかったな。
 ブルネットなんて、つまらない……」

 フレイは自分の黒髪を一房つまむと、ふーっと毛先に息を吹き掛ける。
 そうしたら、魔法か何かで暗い印象を与える自分の黒髪が、輝く金髪にでもならないものか、と。

 当初、に対してゼラムの外の―――ファナンの街やレルムの村について―――話しを聞きたがったフレイは、の話すネタがなくなると、ゼラムの事、派閥の事、と色々な話しを持ち出した。そして、街並について話すことがなくなると、年頃の少女二人は自然とその容姿について語り始める。
 短い時間にが知り得たフレイという少女は……母親に似ているらしい。そして、なかなかのびない身長が気になり、父親が太っているため、その遺伝子をついでいるかもしれないから、甘いものが気になる。気になりはするが、好きでやめられない。近い将来ぶくぶくに太ったらどうしよう。そういえば、おでこだけは父親に似ている。おでこが似ているのだから、太りやすい体質も似ているのかもしれない。どうせ似るのなら、母親のような黒髪ではなく、父親の金髪が良かった――――――と会話は流れ、現在に至る。

 庭園のベンチに仲良く腰を降ろし、足をぶらり、ぶらり、と揺らしながら、とフレイは他愛のないおしゃべりに花を咲かせていた。

「……あれ?」

「はい?」

 不意に顔をあげ、庭園の入り口方向へと視線を向けたフレイに、もつられて視線を移す。
 着物の少女を抱けあげ、駆け足に自分達の方へとやってくる少年の姿に、はホッとため息をもらした。の制止も空しく、マグナを追いかけて行ったハサハは、無事マグナと合流できたらしい。

の待ち人って、あの人? こっちに来るし」

「はい。あの人がわたしの御主人さまと、もう一人の護衛獣です」

 視線をフレイに戻し、が頷くころには、マグナは二人の座るベンチの横に到着していた。

「お待たせ〜って、あれ?」

 フレイの姿を認め、マグナは瞬く。
 の隣に、見知らぬ少女がいる。
 庭園からベンチまでの距離では、木陰にいる姿は判別できなかったが。近くに来て初めて、気がついた。
 黒髪に、蒼の派閥の制服に身を包んだ――――――愛想のない少女。
 むっと眉を寄せた少女に、マグナは戸惑いながらもハサハを地面に降ろした。

「御主人さまを待っている間、話し相手になってくれたフレイです」

 珍しくが呼び捨てにしているな……と思いつつ、マグナは顔をあげるが、フレイと紹介された少女はニコリとも笑わない。
 そんなフレイの様子にマグナが戸惑っていると、マグナの戸惑いにも、フレイの無表情にも気付かずに、が今度はフレイにマグナを紹介した。

「で、こっちはわたしの御主人さまのマグナさんと、
 護衛獣のハサハちゃんです」

 紹介しつつが視線を戻すと、わずかに微笑んだフレイに、マグナは瞬く。
 と同じく、人見知りをするタイプなのだろう。
 そう結論づけて――――――マグナは笑った。
 どんな相手であれ、とりあえずは笑顔で接する。
 フレイの表情がただの人見知りからくるものであれば、いつかは自分にも慣れるはずだ、と。

「こんにちは」

「……どうも」

 僅かな沈黙のあと、堅い声音で答えたフレイに、は小さく首を傾げた。
 マグナの隣からの隣に移動し、ハサハも首を傾げる。
 別に、を真似て首を傾げているわけではない。

「……さて、待ち人も来たみたいだし、あたしはお役御免ね」

「え? あの……」

「そろそろ……」

 失礼するわ。と突然帰るそぶりを見せ始めたフレイに、は瞬く。
 グレゴリウスを抱き上げて背中を向けたフレイに、自分は何か失礼な事をいったのだろうか? とが慌てていると、そのスカートの裾をハサハが小さく引っ張った。

「……おねえちゃん」

「え? 何、ハサハちゃん?」

 くいくいとスカートを引っ張るハサハにが視線を落とすと、ハサハの視線はにはない。
 じっとフレイの腕に抱かれたグレゴリウスを見つめたあと、ハサハは物言いた気にとグレゴリウスを見比べた。
 その仕種に思い出す。
 が預かったハサハのクレープは……

「あっ! ごめんね、ハサハちゃん。
 ハサハちゃんのクレープは……」

 もしかしなくとも、のクレープ共々この無気味な―――見慣れれば多少可愛い―――召喚獣の胃袋の中だ。
 さて、なんと説明したものか。
 そうが思考を始めると、その隣でフレイが口をひらいた。

「あれ? この子のクレープも、グレゴリウスが食べちゃったの?」

 途切れがちなの言葉に、自分の召喚獣が他人様から奪ったクレープには、目の前の幼女のものも含まれているらしい。そう考えれば、自分がグレゴリウスを見つけた時、の傍には包み紙が2つ落ちていた。
 そう思い出し、フレイはグレゴリウスを抱いたまま腰を落とし、ハサハと視線を合わせた。

「ごめんね。あなたのクレープ、グレゴリウスがたべちゃったの」

「…………」

 素直にそう詫びるフレイに、ハサハは微かに眉を寄せた。
 自分がに押し付けたクレープとはいえ、未練がなかった訳ではない。

 今にも泣き出しそうな顔をしたハサハに、フレイは苦笑を浮かべてから腰をあげる。

「よし、じゃあ――――――」

「動いたらお腹がすいたな。
 ハサハ、俺とクレープ半分こしよっか?」

 クレープを弁償しよう。
 そう云いかけたフレイの言葉を遮り、マグナがハサハを誘う。
 マグナの言葉に、ハサハはこくこくと頷くと顔を輝かせた。

「じゃあ、行こう」

「うん!」

 ハサハを連れ、クレープの屋台へと走りだしたマグナを見送った後、は視線をフレイに戻し――――――むっと眉を寄せ、マグナの背中を睨み付けていたフレイと目が合い、は戸惑う。
 の戸惑いに気がつくと、フレイはすぐに苦笑を浮かべた。

「……あの」

「男の子、ちょっと苦手なの」

 ぺろっと小さく舌を出し、笑ったフレイには安堵のため息を吐く。
 マグナにのみ態度の違うフレイが、少しだけ気になっていたが、そういう理由ならば納得がいく。もまた、『男の子』が苦手なのだから。

「……もう行くわ。の待ち人も来たことだし」

 今度こそ、本当にお別れらしい。
 グレゴリウスを抱き直したフレイに、は寂し気な笑顔を浮かべた。

「あの、本当にありがとう」

「……何が?」

「その、話し相手になってくれて」

 フレイのおかげで驚きはしたが、マグナを待つ時間がさほど苦痛ではなかった。
 いつもならば、一人で外に待たされることなど、苦痛以外の何ものでもなかったのだが。
 今日は苦痛を感じるどころか、楽しく待ち時間をすごせた。
 それもこれも、みんなフレイのおかげだ。
 旅の途中にできた、ほんの数時間の友だちであったが、には大切な思い出となる。
 そう核心できた。

「……変なの」

 ぷいっと顔を背けたフレイに、は首を傾げる。
 自分では、そんなに変なことをいったつもりはないのだが。やはり、なにかフレイの機嫌をそこなう事を云ってしまったのか――――――? と不安げに眉を寄せたに、フレイはそのまま背を向けた。

「話し相手になったぐらいで、お礼を云うなんて、変。
 それに、あたしも……」

 楽しかったし。とフレイに小さな声で続けられ、はほんのりと頬を染める。
 どうやら、自分と同じくフレイにとっても楽しい時間であってくれたらしい、と安心して。

「また会えたら、旅の話しを聞かせてね? 約束よ?」

 背を向けたままそう呟いたフレイに、は微笑みながら小さく答えた。
 ただ一言だけ、「はい」と。






  

(2008.04.18UP)