結局。
 まずはクレープを片手に持ちかえ、は置き散らかされたマグナとハサハの荷物を一ケ所に集めた。
 本音を云えば、ハサハを追いかけたかったのだが。一人では持てない量の荷物を押し付けられてしまえば、身動きが取れない。
 見知らぬ場所に一人置き去りにされるという不安はあったが、にはどうしようもなかった。まさか、荷物を全て放りだしてハサハを追い掛けるわけにもいかない。マグナの放り出していった荷物の中には、路銀や身分証明書も入っている。

 荷物を一ケ所に集め終わり、は一人ベンチに腰を降ろし、クレープをかじった。

 甘いクレープではあったが、一人きりで食べる冷めたクレープはさほど美味しくはない。
 というよりも、味がわからない。
 もしかしなくとも、不味い。
 周りに人がいるといないとで、こうも味が違うのか。
 自分はどこまで情けない性格をしているのか――――――と、落ち込みかけたの思考を何者かが遮った。

「……?」

 木陰でのんびりとクレープをかじりつつ、ぼんやりと遠くにある噴水を眺めていたは、不意に左手へと加わった引力に首を傾げる。
 くい、くいっと左手をひっぱる小さな力に、ハサハが戻ってきたのか――――――? と視線を落とし、は声にならない悲鳴をあげた。

「〜〜〜〜〜〜っ!?」

 さわっと太ももに添えられた小さな手―――間違っても、ハサハの白く可愛らしい手ではない―――に、は背筋を伸ばす。
 何色かと思考する事すらおぞましい。
 綺麗な表現をするのなら、海松色。鶯色と云っても、良いかもしれない。
 あくまでも、綺麗な表現をすれば。

「……あの、もしもし?」

 自分の膝に手を付き、左手にもたれたハサハのクレープに噛み付いている緑色の物体を見下ろし、はやっとの思いで口を開いた。

 正視するのもおぞましい。

 深い緑色の身体は、トカゲ等のは虫類を連想させる。テラテラと輝く表皮からは、なにか油でも出ているのだろうか。バスケットボールほどの体格に、身体の倍以上の長さをもつ尻尾が1本。その先は針のように尖っている。グロテスクな外観とは不釣り合いな可愛らしくも小さな前足に、カエルかウサギを連想する逞しい後ろ足。耳と思われる小さな穴が体の側面に2つ開いていて、その穴まで裂けた大きな青い―――せめて赤ければ、まだ良かったかもしれない―――口。紫色の舌で生クリームのついた口回りをなめる仕種は無気味以外のなにものでもない。止めとばかりに一つだけ付いた拳大はある金色の瞳が、ぎょろりとの姿を捕えた。
 口をぱくぱくと開きながらも、なんとかクレープから緑の物体をクレープを守ろうと思考していたは、その瞬間動きをとめる。
 恐い、気持ち悪い、怖い、無気味――――――と、およそ歓迎できない単語がの思考を遮る。
 目が合い動きを止めたの膝に、緑の物体は両手―――両前足というのが、おそらくは正しい―――をついてさらにハサハのクレープを食べようと伸し上がってきた。

「……っ! ……っ!!?」

 緑の物体の目当ては自分ではなく、クレープらしい。
 そうは理解できたが、は混乱から抜けだせないままに口を開く。

「どなたかのしょうかんじゅうですか?
 しょうかんじゅうさんですよね?
 わたしのことば、わかりますか? わかってくださぁい……」

 緑色の召喚獣(仮)に完全に膝の上へと乗られてしまい、身動きの取れないままには訴える。
 その間に、ハサハのクレープはパクリ、パクリと青い口の中へと吸い込まれていった。

「あのですね、これは、ハサハちゃんのクレープであって、ですね?
 差し上げるわけには……」

 言葉が通じているのかは判らなかったが、は緑色の召喚獣に話し掛け続け――――――と、不意に緑の塊が形容しがたい『啼き声』をあげた。

「うぎょぎぃぇげぇ〜っ!」

「ひっ!」

 召喚獣の言葉は判らないが、伝えたいことは解った。
 『決して放すものか』とが掴んでいるクレープの端を、召喚獣は『放せ』と威嚇しているのだ。ハサハのクレープは、すでに原形を止めてはいない。そのほとんどを召喚獣に食べられてしまっていた。

「あ、あの。ホントに、ダメです。
 これは、ハサハちゃんので。
 あの、わたしのあげますから……だから……」

 お願いだから、まずは膝の上から退いてください。
 そうが口に出す前に、召喚獣は待切れなくなったのか、大きく口を開き――――――は咄嗟にハサハのクレープを手放した。

「ああ……」

 包み紙ごと大きな口にクレープを飲み込まれ、は肩を落とす。
 ハサハには『取っておいて』とは云われなかったが、おそらくはそのつもりだったのだろう。マグナとクレープを見比べていた仕種が、クレープへの未練を物語っていた。
 ハサハに預けられたクレープすら自分は守れないのか、と落ち込むの膝の上で、緑の召喚獣は奇怪な音をたて、唾液まみれになった包み噛みをベンチの上に吐き出す。
 この場合、膝の上に吐かれなくてよかった。そう思うべきだろうか。
 すでに泣きたい気分であったが、はそれを堪える。
 食べ終わったのなら早く退いてほしい。そう思うと、召喚獣の金色の目が合った。

「ひっ……!」

 ぎょろぎょろと動く金色の瞳に、は再び背筋を伸ばす。
 何かを探している。そう理解したが、何を探しているのかまでは――――――金色の瞳がその動きを止めた瞬間に、悟ってしまった。

「ひゃあっ!?」

 前足とは似ても似つかない、逞しい筋肉を誇る後ろ足の跳躍。
 突如、緑の召喚獣はその恐ろしいまでの跳躍力を見せ、の右手に握られたままになっていたクレープを狙った。
 突然の攻撃ではあったが、は咄嗟に手を放したため、今度も噛まれずにすんだ。……かろうじて。

 ぱっくんちょ。

 ぱっくんちょ、と体全体を揺するようにしてクレープを食べる召喚獣に、は血の気が失せるのを感じた。
 クレープを食べ終わってしまったら、次は自分の番かもしれない。
 そんな不吉な思いに捕われて。

 と、召喚獣を膝にのせたまま青ざめるの耳に、聞き覚えのない声が背後から聞こえてきた。

「グレゴリウス〜? グレゴリウスってば〜?」

 知らない声ではあるが、少女の声であることは判る。
 それも、自分と歳の近い少女だ。

「もー! どこにいるの〜?!」

 何やら探し物をしているらしい少女の声に、の膝の上に居座りながらクレープを頬張る召喚獣の尻尾が揺れた。
 この反応。
 もしかしなくとも、『グレゴリウス』と云うのは――――――

「ぎょろぎょぴょっ!」

 耳を塞ぎたくなるような無気味な鳴き声をあげ、『グレゴリウス』と呼ばれた召喚獣はの膝の上で飛び跳ねる。
 声の主―――おそらくは召喚主―――に、自分の居場所を知らせるために。

「グレゴリウス! やっと見つけた……って?」

「ぎょぴょ」

 少女の声に、グレゴリウスはぴょんぴょんっと飛び跳ねたあと、の体に抱き着いた。
 短い前足で胸に張りつかれ、は顔近くにグレゴリウスが着たことで臭った腐った泥水のような体臭に眉を寄せる。
 背後に迫った声の主に、は振り返ることができない。そんなことをしたら、グレゴリウスの表皮に、自分の頬が触れる。
 臭い、怖い、気持ち悪いと三拍子揃ったグレゴリウスに抱き着かれ、気絶寸前の精神状態にまで追い込まれながら、は声の主が早くグレゴリウスを引き取ってくれないだろうか、と願った。
 が、その願いはなかなか成就しそうにない。
 声の主はの背後で立ち止まると、訝し気に呟いた。

「……誰?」






  

(2008.04.16UP)

ところで、トカゲっては虫類でしたっけ?(おい)
そして、『グレゴリウス』は、海の檻歌ネタ。
本当は、『フランソワーズ』とか、可愛いけどちょっと首をかしげる系の名前にしようかとも思ったけど、敢えてネタで。