「さて、と……」
ぐるりと派閥施設を囲む塀の前に立ち、マグナは辺りを見渡す。
白い壁の周りには一定間隔に低木と花が植えられており、通り過ぎるだけの人間にしてみれば『綺麗な道』といったところか。先ほど文字どおりの『門前払い』をくらったマグナにしてみれは、外面だけは美しく整えている、嫌味な壁でしかない。
誰も見ていないというのにマグナは眉を寄せると、視線を塀の端から端へと動かし、侵入できそうな場所を探す。が、簡単に中へと忍び込めそうな箇所はなかった。ざっと見たかぎり、塀は決して新しいものではない。ヒビのひとつ、穴のひとつぐらい開いていてもよさそうなものであったが。
「どこか、忍び込めそうなとこはないかな……」
マグナは塀にそって道なりに歩く。ただし、正門のある方向に歩けば先ほどの門番に見つかってしまうので、今度は裏門に向かって。裏門に辿り着くまでに侵入できそうな場所が見つからなければ、逆側の塀を探せば良い。王都に構えられた蒼の派閥本拠地の端から端まで歩き、また端へと歩くのは結構な距離ではあったが、作業としては単純だ。
王都としては意外なほどに人通りの少ない―――街の中に本部を置いているとはいえ、やはり『召喚師』という集団は一般にあまり好かれていないのだろう―――派閥裏手を歩きながら、マグナは塀の内側から顔を出す一本の木を見つけた。
塀と隣り合い、枝もそこそこに太い木は、マグナが乗ったとしても、暴れない限りは折れそうにないように見える。惜しむらくは――――――その木が、塀の内側にあることだろうか。見事侵入を果たしたおりには、脱出ルートとして利用させて貰おう。そう記憶に止めて、マグナは視線を落とす。
「……ん?」
落とした視線の先に、違和感を覚えたマグナは眉を寄せる。
白い塀の足下には、低木が植えられていた。それは、ぐるりと回ってきた塀全体にいえることだ。一定の間隔を保ち、花と低木を植え込んだ美しい通り。その通りの中にある低木に、マグナは眉を寄せる。
何かがおかしい。
違和感の正体を突き止めようと、マグナは低木、花、低木、花……と交互に数える。そして、マグナは違和感の正体に気がついた。
「ここだけ、花がない?」
低木、低木、低木と続く箇所を見つけ、マグナは腰を落とす。
おかしい。
これだけ統一された配置にもかかわらず、ここだけ花がないのは不自然だ。間隔も、他に比べて短い。
どちらかと云えば、花がないのではなく、花の代わりに低木が植えられているような――――――?
「……」
まん中に植えられた低木―――全体を見ればマグナの両手一杯の大きさだろうか。その幹は片手でつかめるほどに細い―――の幹を掴み、マグナは小さく力を込める。そうすると、地面に『植えられて』おり、『根付いている』はずの低木は、グラグラと揺れた。
つまり、まん中の低木は『根付いて』はいない。
力を込めて、マグナは低木を『持ち上げ』る。
僅かな抵抗を見せた後、すっぽりと持ち上げられた幹の根元には鉢がくっついていた。
つまり、マグナが持ち上げた不自然な低木は、最初からこの場に植えられていたものではなく――――――
「……見つけた」
低木に隠されていた『穴』を見つけ、マグナはにやりと笑う。
門番の態度から派閥の中にいる召喚師は、みなガチガチの石頭ばかりかと思い込んでいたが。中には外への抜け道となる穴を見つけ、そこが修繕されぬようにカモフラージュを置く者もいるらしい。小さく開いた塀の穴から中を覗き込んでみたが、穴を抜けた先にも低木がある。内側からの目隠しだろう。
めでたくも中への侵入口を見つけ、マグナは眉を寄せる。
マグナが見つけた抜け穴は、両手サイズの低木に隠せるサイズだ。
やハサハであれば、地面に這えば通り抜けられるかもしれないが、さすがに自分が通るには無理のあるように見えた。
「……さすがに、俺には無理なサイズだな」
せっかく見つけた抜け道ではあったが。
これでは使い物にならない。
諦めきれず、もう一度サイズを確認してから、マグナは低木を元の位置に戻した。
「……仕方ない」
塀の内側から顔を覗かせている木に視線を向けて、マグナは腰に下げた大剣を外す。枝振りの立派さを見る限り、内側からもそれなりの枝振りをしているだろう。うまくすれば、内側からは自分の姿を隠してくれるかもしれない。
そして、幸いなことに塀は、無理をすれば人が登れない高さではなかった。
マグナは鞘とベルトをつなぐ金具を確認すると、塀に大剣を立て掛ける。ベルトの端をもち、大剣が塀から離れないギリギリの距離へ下がり、僅かな助走と大剣を足場に、マグナは塀の上へと飛び乗った。
マグナの姿が白い塀の向こうへと消えるのを確認し、ハサハは通りの角から顔を覗かせる。
召喚主の命令を無視して護衛に来たため、ハサハはマグナに見つかるわけにはいかない。あくまで、護衛はこっそりと行う。
先ほどまでマグナの立っていた塀の前まで移動して、ハサハは塀を見上げる。
大剣を器用に使ってマグナは塀の中へと侵入していったが、護身用にと持たされた刀があっても、ハサハの身長では塀をこえることは不可能だ。
それでは別の方法で、とこれまたマグナが見つけた抜け穴を探し、低木を動かそうとして……ハサハは眉を寄せる。
マグナが軽々と持ち上げていた低木は、自分の両手で掴んでも、持ち上げることができない。
「……!? ? ???」
さて、どうしたものか。
低木を掴んだまま、ハサハは首をかしげる。
塀を飛び越えることは、自分には不可能。
低木を退かし、抜け穴を通ることも不可能。
となると――――――
「…………!」
べしっとハサハは低木の鉢を押し倒した。
押してだめなら、引いてみろ。
持ち上げられないのなら、倒してしまえば良い。
ハサハには、長年この穴を使ってきたであろう派閥の人間よりも、マグナの方が大切だ。穴が他者に―――たとえば、門番に―――見つかってしまおうと、関係がない。
マグナの侵入を阻んだ穴は、ハサハの身体には余裕がある。
低木を倒し、穴を曝け出したハサハは、マグナの後を追い、いそいそとその穴へと身を潜らせた。
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(2008.04.16UP)
マグナが見つけた抜け道は、トリスの抜け道として現役。
ちなみに変な伏線張ってみた。
サモ1の連載を書くことがあれば、回収されるかと。
しないけど。たぶん。
ハサハはさり気なく大雑把で、力技だと信じております(おい)