一歩足を踏み入れた『王都』の活気に、旅人の行き交う城壁前であることにも構わず、マグナは足をとめる。
 そのままその場でぐるりと身体を回転させ、王都ゼラムの街並を観察するさまは――――――どこからどう見ても『おのぼりさん』だ。マグナの少し後ろを歩いていたは少しだけ距離をとってマグナをみつめ、マグナと手を繋いで歩いてきたハサハは、マグナを真似てぐるぐると回っている。

「……御主人さま?」

 一回転して満足したのか、マグナは回転をやめ、大通りを見つめはじめた。そのマグナの隣には首を傾げながら並ぶ。回転のしすぎて目を回したハサハは、ふらりと傾き、マグナの両手に支えられた。

「……ファナンもそうだったけど、やっぱり活気が違うなぁ……」

「デグレアの人は、あまり外に出ませんから」

 『劇場前通り』と書かれた看板を下から見上げ、はマグナと同じように辺りを見渡す。マグナのように露骨にキョロキョロと観察することは憚られたが、王都に興味がないわけではない。が、周りに気をとられ迷子になるわけにもいかないので、の街並観察はどうしても控えめになる。
 ハサハのように、常にマグナと手を繋いでいるのなら、迷子の心配も少なくなるのだが。

「……あれ?」

 不意に、視界を横切った緋色に、は足をとめた。
 まさか『異世界リインバウム』で見かけるとは思っても見なかった『色』に、は瞬きながら首をかしげる。

「……巫女?」

 見覚えのある緋色と白の『着物』からは、『巫女』という単語しか浮かび上がってこない。の故郷、日本の神社で神の仕える女性の衣装だ。リインバウムには『神』や『仏』といった概念はないと聞いていたのだが。から少し離れた街角に、巫女が立っている。
 ということは――――――

「どうかした? 

「あ、いえ……」

 珍しく何かに興味を引かれ、歩みを止めたに、マグナは首をかしげる。
 少し大袈裟なぐらい『御主人さま』と自分を呼び、主従関係に徹しようとするが、自分の意志を見せることは珍しい。――――――マグナを気遣っての『強情』は、たまに見せるが。
 通りの向こうを見ていたの視線を追い、マグナも通りの向こうを見つめる。
の気を引きそうなもの――――――と視線を動かしてはみたが、それらしいものは見つからなかった。ハサハが興味を持ったものを見つけだすのは、至極簡単な事―――それは食べ物の屋台であったり、玩具であったり。つまりは、自分の興味を引くものと同じだ―――なのだが、あまり我を見せないの興味を引くものとなると、難しかった。
 僅かに眉を寄せたマグナに、は小さく指でさししめす。

「巫女がいるんです。
 ……たぶん、『巫女』だと思うんですが」

 リインバウムでもやはり『巫女』と呼ぶのだろうか? と小さく首を傾げならが、は緋色の袴をはいた女性を指さす。
 の指し示す女性を視界におさめ、マグナはようやくが興味を引かれた理由に辿り着いた。

「ああ。たしか……シルターンの」

 の住んでいた国は、彼女の説明によると、シルターンと類似する部分が多々あるらしい。緋袴の女性も、その類似点の一つなのだろう。

「きもの!」

 にならい、袴の女性を指さしたハサハがマグナの手を引く。

「うん。着物なんだけど……
 たしか、特殊な職業の服だったと思うけど。
 それが、『巫女』?」

「日本……名も無き世界では『巫女』って呼ばれていましたけど……」

 さすがに、シルターンでも同じ名前なのかは判らない。
 自信なく呟くに、マグナは自分の記憶を探るが……『巫女』という単語はしっくりとあてはまったが、それ以上の情報は引き出せなかった。

「そうそう。みこ、巫女……ってことは――――――」

 あの女性は、シルターンからの……と続きそうになった言葉は、マグナの背後から現れた大男によって遮られた。

「俺の相棒に、何か用か?」

 マグナの背後からヌッと顔を現わした大男に、は驚いて数歩下がる。
 マグナは、というと……突然の襲撃者に驚いてはいるが、思わず後ずさろうとした肩を捕まえられ身動きとれない。
 常にマグナと手を繋いでいるハサハは、驚くべき俊敏さをもって、の背中へと逃げ移った。三角の白い耳を伏せ、顔だけを覗かせ、大男とマグナを見比べている。






 珍客の登場に、目を丸くして驚いている少女と、その背中に隠れた獣耳の幼女。
 それから、奇襲をかけた自分に大人しく掴まっている少年の、どこかのんきそうな雰囲気に、フォルテは内心で安堵のため息をはく。
 自分の相棒を熱心に見ているようなので、旅人を狙った人攫いか何かか? と牽制してみたのだが……的外れな心配だったらしい。
 どちらかと云えば、この状況下で『旅人を狙った山賊』ととられかねないのは、自分の方か、とも思う。とはいえ、旅人を狙う山賊は、昨日掴まったばかりだ。自分と相棒、それから偶然にも同じ場に居合わせた蒼の派閥の召喚師によって。

「……シルターンの巫女なんて、珍しいなぁって、話していただけだよ」

 最初の衝撃から立ち直った少年は、居心地悪気にもぞもぞと動いてフォルテに向き直る。少年の雰囲気に、すっかり警戒心の消えたフォルテは、少年のするがままに肩を掴んだ手を離した。

「シルターンの巫女?」

 少年の言葉を疑問符にかえ、フォルテがそのまま返すと、少年と少女は顔を見合わせた。仲の良さそうに見える少年少女は、昨日知り合った召喚師2人組と年齢が近い。そう考えると、少年の顔には見覚えがあるような気さえしてくるから不思議だ。
 首を傾げたフォルテをどう受け取ったのか、少年は眉を寄せて言葉を続ける。

「『相棒』ってことは、おじさんの護衛獣じゃないの?」

「お・に・い・さ・ん、な?」

 がしっと少年の頭を掴み、そのまま押さえ付けるようにフォルテはグリグリと頭を撫でた。
 少年の年頃からすれば、少し年上のものはみな『おじさん』なのかもしれないが。フォルテからしてみれば、まだまだ『おじさん』と呼ばれるような年齢ではない……つもりだ。少女の後ろに隠れている幼女に呼ばれるのなら、ギリギリ我慢できなくもない……かもしれないが。やはり、自分はまだまだ『お兄さん』だ。『おじさん』などと云う呼び方は、認めない。

「……お、お兄さん」

 ぐりぐりと頭を撫でられ、素直に『間違い』を『訂正』した少年に、フォルテは笑う。力強く掴んでいた頭を解放すると、少年は待っていましたとばかりに、痛むのであろう。首を摩りはじめた。

「……で、シルターンの巫女ってのは何なんだ?」

 首を摩る少年が落ち着くのを待って、フォルテは先ほどと同じ質問を繰り返す。
 フォルテの手から解放され、首をさする少年の背中に、少女の後ろに隠れていた幼女が移動する。少年の背中から顔だけを出し、こちらを睨んでくる様は……可愛らしくもあるが、完全に敵意を持たれていると判った。

「おじ……」

 ギロッと睨むと、少年は口を閉ざす。
 少年は困ったように眉を寄せ、『正しく』言い直した。

「お兄さんの護衛獣じゃないの?」

 『護衛獣』という言葉には聞き覚えがある。
 召喚師が自分の身の周りの世話や、文字どおり『護衛』をさせたりする召喚獣のことだ。昨日知り合った召喚師の少女も、『護衛獣』を一人連れていた。
 つまり、少年の言葉から察することには――――――自分の相棒は、『召喚獣』と云うことになる。

「……森の中で拾ったんだよ」

 森の中で拾おうが、町の中で拾おうが、『シルターンの巫女』と呼ばれる相棒が『召喚獣』であるという事実は変わらない。
 フォルテが相棒を見つけた時、周りには誰一人いなかった。
 召喚獣が一人でいた、ということは――――――召喚師ではないフォルテでも、それが差す意味はわかる。
 つまり、相棒は『はぐれ』と呼ばれる存在だ、と。

「あいつには、それ以前の記憶がなくてな。
 今からレルムの村にいる、怪我でも病気でもなんでも治しちまうって
 噂の聖女に会いにいくんだが……」

 主人を持たない召喚獣の末路は、決して幸せなものではない。
 派閥に捕われ『管理』されるか、人里に入ることもできず、山や谷に隠れ住むか。
 考えないようにしてきた答えを、一見召喚師には見えない少年によって突然目の前に示され、フォルテは言葉を濁す。

 はぐれであることと、記憶喪失であることは関係がない。

 少年が召喚師であるのなら、召喚師としてとるべき道は、はぐれである相棒を捕え、しかるべき施設へと送り込むことを選ぶであろう。
 最悪な人物に声をかけてしまった。
 黙って相棒を召喚師に差し出す気はないが、自ら相棒がはぐれであることを暴露してしまうなどと。

 さて、どうするべきか――――――? とフォルテは考える。

 相手が一人であったなら、そのまま殴って昏倒させてでも逃げるのだが。
 少年少女とはいえ、相手は3人――――――良く見ると、少年の背中に隠れている幼女の耳は4つある。ということは、彼女自身も人間ではなく、召喚獣なのだろう。普通の人間を相手にするよりも厄介だ。
 相棒をつれて王都から逃げ出すのは難しい。

 忙しく思考するフォルテを余所に、少年はのんきに首を傾げた。






「レルムの村? ってことは……」

 何やら青くなったり、白くなったりと忙しく表情を変える大男から視線をそらし、マグナは首をかしげる。
 『レルムの村』という名前には、聞き覚えがある。というよりも――――――

「……頑張ってください」

 マグナと同じことを考えたのだろう。
 が少しだけ遠い目をして、大男に呟いた。

「ん? なんだ? レルムの村を知ってるって顔だな」

 平静を装う―――あくまで、フォルテからしてみれば、だ。マグナもにも、フォルテのそんな心情を知る由もない―――大男に、マグナは素直に口を開く。別段、隠して置くようなことは何もない。

「いや、ゼラムに来る途中で道を間違えて、
 俺たち、今朝までレルムの村にいたんだけど……」

「聖女の噂で、レルムの村にはすごい数の旅人がいたんです。
 あれじゃあ、2・3日泊まったとしても、聖女にあえるかどうか……
 あ、でも……」

 マグナの言葉を引き継ぎながら、は思い出す。
 レルムの村の聖女といえば、マグナがすでに1回会っている。
 ちらり、とが視線を移すと、マグナもそのことを思いだしたらしい。の言葉に続き、一言付け足した。

「『記憶喪失』も、助けてくれるかもしれないよ」

 にも、ハサハにも『聖女にあった』としか告げてはいなかったが。
 聖女の奇跡は、マグナの心の奥に隠された『不安』すらも見つけだした。聖女の力は、外見的な怪我の治癒だけではなく、精神面にも影響を及ぼす。
 となれば、『記憶喪失』という一種の精神病にも効果は望めるだろう。

「……マジかよ!?」

 意外な所からもたらされた朗報に、大男は反射的にマグナの両肩を掴む。
 いい加減な事をいったら、たたでは済まさないぞ。そんな剣幕で顔を近付けてくる大男にマグナが瞬くと――――――



 スコ――――――ンっと小気味良い音をたて、とマグナの目前を、細長い物が通り過ぎた。



「……ハ、ハサハちゃん?」

 なにか、細長い物が頬をかすめた。
 そうが理解したと同時に、マグナの肩を掴んでいた大男は、大の字になって道路へと倒れた。その額には――――――矢が突き刺さっている。
 大男がマグナから離れたことを確認すると、ハサハはゆっくりと倒れている男に近付く。が遠巻きに見つめる中、ハサハは男の額に突き刺さった矢をしげしげと見下ろした。

「おもちゃ」

「え?」

 軽く指で矢をはじくハサハにつられ、マグナも倒れた男を見下ろす。
 確かに、矢は男の額に突き刺さっているように見えるが――――――その先端には、吸盤がくっついている。ファナンの土産屋でも見かけた、子供用のおもちゃだ。

「……吸盤だ」

 マグナが額についた矢を引き剥がすと、大男の額には丸く赤い印しが浮かびあがる。
 おもちゃとはいえ、射手はかなりの腕前だ。
 いったい誰が――――――? と首をマグナが首を巡らせると、通りの向こうにある土産屋で会計をしている女性の姿が目にはいった。緋色の袴をはいた――――――大男の『相棒』だ。
 女性はマグナと目が合うと、苦笑を浮かべながらこちらへと近付いてきた。

「ごめんなさいね。大丈夫だった?」

 優雅な所作で髪をかきあげながら微笑む女性に、一瞬マグナとは見とれる。
 が、対するハサハの発言に、二人そろって顔を引きつらせた。

「矢、お姉ちゃんがうったの?」

「なんだか、私の相棒が迷惑かけていたみたいだったから」

 ついね、と微笑む女性からの否定はない。
 してくれなかった。
 してほしかった気もする。
 しとやかかつ、優美に微笑む女性に、見た通りの性格ではないと言外に告げられ、はこっそりとマグナの後ろに隠れた。

「迷惑っていうか……」

 話題の人物の登場に、マグナは言葉を濁す。
 マグナが外したおもちゃの矢を手渡すと、足下から微かな呻き声が聞こえてきた。――――――どうやら、軽い脳しんとうを起こしつつも、男の目がさめたらしい。

 マグナが大男を助け起こそうと手を差し出――――――す前に、男の方が飛び起きた。

「――――――って、ケイナっ!
 いくらなんでも、いきなり相棒を矢で射るか? 普通っ!?」

「うっさいわね!
 あんたがまた人様に迷惑をかけてるみたいだったから、
 私は被害を最小限に収めようとして――――――」

 目をさますなり、いきなり痴話喧嘩をはじめた男女に、マグナとは後ずさる。
 このまま逃げ出したい気がした。
 が、すでに自分たちの周りには見物人の山ができ始めている。
 はたして、この状態で逃げ出すことは可能であろうか。

 背中にとハサハ。前に痴話喧嘩を繰り広げる男女に挟まれて、マグナは青く晴れた空を見上げた。






  

(2008.04.14UP)

楽しい、楽しい、フォルテとケイナ。
無駄に、勝手に、喧嘩をしてくれます。
イオスの書き難さとは、雲泥の差が(苦笑)