今思えば、あの日が、少女が全てを失った日だったのだろう。
少女――――――が召喚獣として突然リィンバウムへと呼ばれ、これまでの生活、家族、交友関係の全てを失った日。
雪の降り続けるデグレアで、窓辺に立ちながら不安気に瞳を揺らしていたの横顔を月に重ね、イオスは深いため息をはく。
心を落ち着けようと天幕から出てきたが、これでは逆効果だ。
何気なく見上げた月にの姿を重ね、心は平穏を取り戻すかと思えば――――――どん底へと突き落とされた。
帰るべき故郷を失ったという意味では、彼女と自分は似た立場にあるが。
それ以外は、あまりにもかけ離れている。
片や、身を守るための術として武器をとった。
片や、他者から奪うために武器を振るうイオス。
手にするものは、同じ『武器』であるはずなのに――――――
首にさげたペンダントを外し、緑青の勾玉を手にとる。
鈍い石の光沢を放つそれは、デグレアを出立する際にから借りた石。
の持つ、数少ない『名も無き世界』からの荷物。
彼女の故郷の思い出ともとれるもの。
(……結局、あの子を笑わせることは、一度も出来なかったな……)
意識をからそらす事を諦め、イオスは出立の際に少女が見せた微妙な微笑みを思いだした。
印象的なのは、寂しげな表情。
それから、いつも怯えたようにおどおどとした態度。
(ああ、でも……)
少女との僅かな関わり。その記憶を手繰り寄せ、イオスは自嘲気味に笑った。
もしかしたら――――――
(彼女を怒らせたのも、本音を聞いた事があるのも、
僕ぐらいじゃないかな……?)
そう考えれば、彼女の微笑みが作れなかったことも、それほど悔しくはない。
常に周りとの人間関係を気にして、己を出さないようにしていた。
そんな彼女であったから、召喚主であるマグナにはもちろん、その養父であるレイムにも、ルヴァイドにも、『NO』と答えた事はない。が『NO』と答えたのは、イオスが知る限り自分だけ――――――
(ああ、もう一人……っていうか、いたな。
彼女が愚痴を漏らせる相手が)
城の裏庭に住み着いていた野良猫を相手に、が愚痴―――どちらかと言えば、反省だろう―――を言っていた姿を思いだし、イオスは苦笑を浮かべた。
常に他者を気にし、自分を出せない。猫を相手に愚痴を漏らすなど、いかにも彼女らしい。
掌の勾玉を握りしめ、イオスは軽く目を閉じる。
(……望んでは、いけないのかもしれない)
あの俯きがちな少女を、笑わせてみたいなどと。
ひと目で惹かれた―――間違っても、ひと目惚れなどという綺麗な理由ではない。断言できる―――少女を、怒らせ、困惑させることしか出来なかった自分。
これから自分が、自分達が行う非道を知れば、それはますます遠のくだろう。
そう解っている。
判っているが――――――
(それでも、僕は……)
「……イオス隊長」
「なんだ?」
不安気に揺れる声に、イオスは振り返らずに答える。
少数精鋭を宗とする『黒の旅団』。振り返らずとも、後ろに立つ人物が誰なのか、イオスには声音で判った。イオスはおろか、軍団の長たるルヴァイドも信頼している、真面目な青年だ。
彼はその誠実さを買われ、先ほどイオスと共にルヴァイドの天幕へと呼ばれた。
その彼が話しかけてくるとなれば――――――用件は一つしか思い浮かばない。
「その……」
言い淀む青年に、イオスは振り返った。
自分より年上のはずの青年だったが、迷いを浮かべる瞳からは、とてもそうは感じられない。一般成人男性より華奢な体つきのイオスからは、どうしても見上げる事になるのだが、青年の方が小さく見えてしまうのは経験の差だろうか。好戦的な旧王国ではあったが、本格的な軍事進行は久しぶり―――といっても、たった数年のこと―――だ。もしかしなくとも、今回の任務が青年にとっての『初陣』となるのだろう。
今回の任務は、普通の軍事進行に比べれははるかに楽な指令だったが――――――その内容に問題がある。
ルヴァイドのもたらした言葉には、青年でなくとも―――イオスですらも―――耳を疑った。
「……本当に、村を壊滅させるのですか?
聖女だけを確保するのではなく」
咽の奥からようやく絞り出された青年の言葉に、イオスは目を伏せる。
青年が言外に告げていることは、イオスですらもルヴァイドを前に唇から漏れそうになった。
が、イオスはそれを飲み込んだ。
「元老院議会の決定は絶対だ。
ルヴァイド様がそれに従う以上、我々がどうこう言えることじゃない。
命令を完遂することだけが、デグレアの騎士の勤めだ」
「しかし……っ!」
「議会には議会の、ルヴァイド様にはルヴァイド様の……お考えがあってのことだろう。
さもなくば……」
『議会の決定』を告げに来た顧問召喚師の姿を思い出し、イオスは眉を寄せる。
優美な微笑みを浮かべた銀髪の男は、ルヴァイドが弟のように可愛がるマグナの養父にして、デグレアの顧問召喚師。元老院議会の信頼あつく、その権威を自在に操り、長年ルヴァイドを苦しめてきた男。
『聖女とされる娘の身柄を確保する』という一見すれば簡単な任務を、『住民は老若男女問わず、皆殺し』その上で『聖女の身柄を確保』と『条件』を突き付けてきた男の微笑みを思い出し、イオスは眉を寄せる。
「さもなくば、……」
ただの嫌がらせだろう。
そうでかかった言葉を、イオスは飲み込んだ。
飲み込みはしたが、イオスにはそうとしか思えない。
『レルムの村を壊滅させろ』などという常軌を逸する命令は、ルヴァイドや自分達への嫌がらせではないか、と。
一国をまとめる議会の決定が、そんなくだらぬ理由であるはずはないのだが。
『聖女』を捕らえるのならば、もっと高率のよい方法はいくらでもあるのに。
何故、議会は『壊滅』という方法を選んだのか。
それが、イオスには解らない。
馬鹿げた理由を考えるのならば、議会の決定をレイムがねじ曲げてルヴァイドに伝えたのではないか? とも思えるが。
いかにいけ好かない人物であっても、まさかそこまでの非道は行うまい。
(……望んでは、いけないのかもしれない)
不安に揺れる青年から、イオスは視線を月へと戻す。
そこにの―――戦争を知らない少女の―――姿を重ね、ため息をはいた。
これから手を血で汚す自分と、戦争を知らない綺麗な手をした少女。ついでに言うのなら、普通の戦争ではない。罪もない村人を相手にした、明らかなる虐殺。
(それでも、僕は――――――
キミに笑顔をあげたいんだ。
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イオスは壁です。
私の中で、おっきな壁。
難しい……ネスみたいに、なにが起ころうとトリス(イオスなら、ルヴァイド)だけを見ている。なら書きやすいんですが。
夢小説って都合(むしろ、補正)で、視界にはルヴァイド以外も入っているので、ゲームと多少性格が変わってしまい……書きにくく(笑)
だめじゃん、私。
そんなわけで、数年ぶり(!)の続きでございました。
次はマグナ一行ゼラム入りでございますですよ。
(2008.03.06UP)