不意に、呼ばれたような気がしては顔をあげる。
 あいかわらずハサハとマグナは芋を抜くことに夢中で、違う仕事を手伝っているには見向きもしない。
 それではアグラバインが呼んだのだろうか? と後ろを振り返ると、アグラバインは背筋を伸ばし、集落へ続く道を見ていた。

 どうやらアグラバインでもなかったらしい。

 気のせいかな? と首を傾げて、再び仕事に戻ろうと畑に視線を戻すと……今度ははっきりと聞こえた。

「……おねえちゃ〜ん」

 が振り返ると、アグラバインの視線の先。
 老人とは思えぬ大きな体に遮られ、先ほどは気付かなかったが。
 昨日召喚術で怪我を癒した―――昼食前にリューグ達と川遊びをしていた―――女の子が緩やかな傾斜を持つ道を駈け登ってきている。
 片手に赤い服の人形をもち、逆の手で今は花冠が乗っている頭を押えながら走り、時々後ろを気にして振り返っていた。
 何を気にしているのだろう? とが少女の後方を見ると、やや遅れて若い女性が歩いている。
 女の子の母親だろうか。
 質素な服に、簡単にまとめられた髪。
 村の広場で見かけて旅人達とは明らかに違う。

 手にバケツをもった女性はと目があうと、ぺこりと会釈をしてくれた。

「こんにちわっ!」

 女性に会釈を返すため腰をかがめたに走りより、人形を抱いた少女は花冠を押さえていた手での服を捕まえる。
 にっこりと笑顔をむける少女の服が、川遊びの時にままなのだと分かった。水分を含んで、しっとりと濡れている。

「こんにちは」

 笑顔をむけてくれた少女に、は笑顔で返す。
 ハサハもそうだが、小さな子どもは好きだ。時々とんでもない行動をしてくれて、驚かされることもあるが。

「お人形さんとお揃いだね」

 は腰を落として少女と目線をあわせる。
 少女の頭の花冠には気付いたが、その腕に抱かれた人形にも同じように花冠が付けられていることを、少女が近くに来てから気が付いた。
 川遊びの時はなかったはずなので……あの後作ったのだろう。
 花は瑞々しく輝き、しおれてはいない。

「うんっ! 『はなよめさん』のかんむりなの。
 あたし、『はなよめさん』よ」

 ちょっとスカートの裾を持ち上げて、少女がくるりとまわると、水分をすって重くなったスカートがふんわりと膨らんだ。
 少女の可愛らしいしぐさに、は笑みを深める。

「誰のお嫁さんになるの?」

「リューグお兄ちゃん!」

 間をおかずに答える少女に、の隣でアグラバインが笑った。

「はははっ! そうか! リューグの嫁か。
 と言うことは……わしは振られたことになるんじゃな?」

「ううんっ!
 あたし、アグラおじいちゃんのおよめさんにもなってあげる」

 少女の答えに、は苦笑を漏らす。
 どうやら少女は『リューグのお嫁さん』になりたいのではなく、『花嫁』になりたいだけらしい。『花嫁』役になれるのならば、相手はアグラバインでも……もしかしたら腕に抱いた人形でも良いのかもしれない。

「アグラバインさん、芋どこまで抜いていいの?
 ハサハが全部抜こうとしてるけど」

 少し離れた所からするマグナの声に、とアグラバインが振り返ると、ハサハが芋蔓の根元をもち、その手にマグナの手が添えられていた。
 ハサハ1人の力では芋を抜けない。
 しかし、ハサハは芋を抜きたがっている。
 それでは……と試行錯誤の末、今の姿勢に落ち着いたのだろう。マグナがハサハの手伝いをしているような姿勢だが、確かにあの姿勢ならばハサハも自分の力で抜いている気分になれる。

「あたしもお手伝いする〜」

 少女がの手を引き、マグナとハサハの元に走り寄ろうとして気がついた。畑仕事を手伝うためには、抱いた人形が邪魔になる。
 じっと人形とハサハを見比べて、不意に少女は人形をアグラバインに手渡した。

「アグラおじいちゃん、持っていて」

 言うが早いか、の手を引きマグナとハサハの元に走り出す。

 少女に手を引かれながらがアグラバインを振り返ると、人形を大事そうに抱いたアグラバインが、追いついて来た母親と何やら談笑をはじめていた。