「珍しいかね?」

 突然話しかけられが驚いて振り返ると、納屋から持って来たのか、アグラバインがクワと籠をもって立っていた。
 穏やかな苦笑いを浮かべるアグラバインに、は気恥ずかしくなって足踏みを止める。
 少々童心にかえりすぎた。
 楽しかったのは確かだが、アグラバインが近付いて来たことにも気付かず、マグナと並んで夢中で足踏みをしていたなどと。
 そもそも、畑にきた目的は、アグラバインの畑仕事を手伝おうと思ってのこと。
 遊んでいては、話にならない。

「あ、すみません。遊んじゃって……」

 ほんのりと頬を染めて謝罪するに、アグラバインは目を細めて微笑んだ。

「構わんよ。それより、楽しいかね?」

「うんっ! デグレアじゃ、こんなこと絶対にできないし」

 マグナにしっぽがあったなら、全力で振っているに違いない。
 そんな満面の笑顔でマグナがアグラバインに答える。

「そうですね、私のいた世界も……
 地面はほとんどアスファルトで舗装されていて……
 こんなこと、できませんでした」

 雪国デグレアで同じことをすれば凍傷になる。
 のいた世界では、裸足になっていい場所を探すだけでも大変だ。
 この中で裸足で地面を歩く経験がありそうなのはハサハだけかと思い、とマグナは足踏み大会に参加していないハサハを見る――――――と、ちょうど自分の靴を脱いでいる所だった。

 参加する気はあったらしい。

 なにやら焦った表情で靴を脱ぐハサハに、マグナとは顔を見合わせて苦笑する。
 その横で、ハサハが慣れないズボンの裾に足を引っ掛けたのか、顔から地面に転んだ。

「ハサハちゃんっ!?」

 すぐに気が付いて、がハサハにかけよると、ハサハはむくりと体を起こす。
 無言。
 泣き出すのではないかとは心配したが、しぐさが幼くともハサハはそこまで子どもではない。……泣きそうな顔をしてはいるが。
 無言で眉を寄せ、鼻の頭にのった土を睨み付けることで泣き出すのを堪えていた。

「ハサハちゃん、大丈夫?」

 軽く体を叩き、土を払うに身を任せながら、ハサハはこくりと頷く。

「痛くない?」

 こくりっともう一度頷き、ハサハがすんっと鼻を鳴らすと、今度はマグナの手がハサハの頭に添えられた。

「ハサハは泣かないもんな。エライ、エライ」

 マグナがハサハの髪を撫でると、白い耳がゆらゆらと揺れる。
 気持ち良さそうに目を細め、すっかり涙のひいたハサハは、マグナの袖口を捕まえて自分の頭の上に固定した。
 ハサハはマグナに頭を撫でられるのが大好きである。
 やレイムに撫でられるのも好むが、マグナの手はまた格別らしい。
 うっとりと目を細めて、『もっと撫でて』と手を捕まえるのはマグナに対してだけだった。

 すっかりいつもの甘えん坊を発揮するハサハに、マグナは苦笑を浮かべて地面を見た。

「何に躓いたんだ?」

 マグナの目には躓くような物体は見えない。
 元々畑であるので大きな石があるはずもなく、よく手入れのされた土は柔らかく固まってはいない。
 不思議そうに首をかしげるマグナに、ハサハは振り返って自分が転ぶことになった犯人を指差した。

「あれ」

 ハサハの小さな手に示される、小さな土の固まり……に見えたが、良く見ると色が違う。
 少し長めの濃い紫色をした物体に付いた、掘り起こされてから時間が経っていることを示す、白く乾いた土。小さな動物に食べられたのか、ところどころが欠けた……

「……芋じゃな。土の中で成長したものを、森の鳥か動物が掘り返したんじゃろう」

 レルム村は全体が森に囲まれている。
 そのうえ木こりという本職ゆえか、 少し集落から離れた丘にあるアグラバインの家は、家事体が森の中にあると言っても良い。集落からは見え難いが、こちらからは村全体が見渡せた。……その村を守る森に住む生き物が、アグラバインの畑の作物を失敬したのだろう。
 荒らされた、という程の規模ではない。

 アグラバインが転がっている土の固まり……芋を拾いあげ、土を払った。

「芋って、白くて、丸くて、焼くとふかふかな、あの芋?」

「そうじゃ、その芋じゃ。
 おまえさんも食べたことがあるじゃろう?」

「……でも、丸くないよ?」

 眉を寄せるマグナに、アグラバインとは顔を見合わせる。
 どうやらマグナは『さつまいも』を知らないらしい。
 リインバウムでもそう呼ぶのかは解らなかったが、は見たことがある。日本では普通に売っている物だ……と思ってから、は気が付いた。

 マグナはある意味で『箱入り』と言える。

 召喚術も剣術もその道のプロに英才教育を受けて来たが……それ以外のことはあまり知らない。そしてレイムの屋敷には使用人が何人かいた。養父に引き取られる以前はわからないが、日用の雑用は全て使用人たちがしてきたので……調理される前の食材を知らないと言っても納得できる。

「おまえさんが言っている芋とは、種類が違うんじゃよ。
 そこの苗を抜いてみるといい」

 マグナは首をひねりつつ、アグラバインの勧める苗を引く。
 軽い抵抗を感じ、力を込めて引くと……今度は急に軽くなり、マグナはしりもちを付いた。
 転んだマグナの足下に、苗からのびる根と大小様々な濃い紫色の芋。

「……抜けた。結構大きい」

「それに、いっぱいありますね」

 目を見開いて、マグナは自分の握っている苗を見る。
 は転んでいるマグナよりも芋に気を取られて、マグナの手許を覗き込んでいた。

「この芋は、焼くと甘くなるんじゃよ」

 心底驚いた表情をしているマグナに、アグラバインは朗らかに笑う。
 それからマグナの手から芋を受け取り、土を払って籠に入れた。

「それじゃ、バターも塩もいらない?」

「ああ、必要ない」

「へぇ〜」

 他愛もない会話だが、感心してじっと芋を見つめるマグナ。
 そのマグナの袖を、ハサハが引っ張って自己主張をした。

「ハサハも、このおいも好きだよ」

「ハサハは食べたことあるのか?」

 こくりっと頷き、ハサハは目を細める。
 その味を思い出したのか、幸せそうに微笑んで。

「とっても甘くて、ふかふかなの」

「どれ……あとでわしが焼いてやろう」

 マグナから芋を受け取り籠に入れるアグラバインの言葉に、パッとハサハは顔を輝かせた。

「ホント?」

「ああ、じゃからしっかり抜いておくれ」

「うんっ!」

 頭に置かれたアグラバインの手に、ハサハは大きく頷いてからマグナの手を引く。

「おにいちゃん、がんばろうっ!」

 ハサハが腰を落として力を込める。
 いまだ地面に座り込んでいるマグナを起こそうとしているらしい。
 どう考えても無謀な試みだったが。

 美味しい芋を前にしてのハサハのはりきりに、アグラバインとは再び顔を見合わせ、こっそりと笑いあった。