その光景に、はしばし瞬く。

 それから指を折り、人数を数えた。

 最初に出かけたのはマグナとリューグ。
 その次に、二人を呼びにいったハサハ。

 なかなか戻ってこない3人を呼びに来たのだが……人数は倍以上。

「……なんで、増えてるの?」

 あちらこちらで動きまわる子供は数えにくかったが、なんとか合計7人と数え終わり、は首を傾げた。
 よく見ると子供4人のグループには、昨日が召喚術で癒した少女が混ざっている。

 からむかって手前に、子供2人に捕まっているリューグ。

 少し離れたところで子供2人にひっぱり回されているのはマグナ。

 その背中に、しっかりとハサハが張り付いている。
 遠目にちょっと機嫌が悪そうにみえるのは……マグナにまとわりつく子供たちに焼もちを焼いているのだろう。背中の不機嫌全開なハサハと、まったく気がついていない少年2人の間で、少々マグナの顔が引きつっていた。

「あ? おまえか……」

 っと声をかけられて、がリューグに目を向ける。
 こちらも一人少ないとはいえ、マグナと似たような状態だった。

「あの……リューグさん?」

 とりあえず迎えに来た旨を伝えようと、一番近くにいたリューグに歩み寄る。
 リューグの腕をひぱっていた少女はに気がつき、笑顔を向けてくれた。背中に張り付いている少年は、始めてみる顔に興味津々といったところか。目を丸くしてを覗き込んでいる。

 躊躇いがちに近付くに、リューグは昼食のことを思い出す。
 子供たちに懐かれてすっかり忘れていたが、自分は空腹の頂点にいたはずだ。
 それなのに子供たちとの遊びに夢中になって、空腹を忘れていた事が少々気恥ずかしい。
 気恥ずかしさを誤魔化すようにリューグはマグナを振り返り、気がついた。

 が歩いている場所は、先ほどまで子供達が何度も水から上がり、また川に飛び込んでいた。
 当然、地面は濡れている。
 それだけならいいが、大小様々な形の石は、濡れると大変滑りやすい。
 そして、整備された街道を旅してきたの靴は、山歩きには向いていない。

「おい、その辺濡れてるから……」

 滑らないように、と一応の注意を促そうと向き直った直後。

「お昼の準備ができたから、呼びにき……って」

「ひゃぁっ!?」っと短い悲鳴をあげて、が足を滑らした。






 体制が悪い。

 頭をぶつけることも覚悟した。

 きゅっと咄嗟に目を閉じる。

 暗くなった視界と、お尻から水に落ちる感触。
 さっと衣服が水を吸いこむのがわかった。

 冷たい水が、体を遡る。

 このまま頭まで濡れるのだろう。覚悟はしたが、頭をぶつけたら痛いなぁっとか、お尻をぶつけるのも痛いなぁっとのんきに考え、は身をかたくして衝撃にそなえたが――――――それは訪れなかった。

 ぐいっと頭と背中を引き寄せられての浮上。

 水底の変わりに感じたのは、額に堅い感触。
 それから、背中に回された大きな手。

 ほっと息をはく相手の動きに、自分が庇われたことがわかった。
 それと同時に、額に感じているものの正体に気がつき、は顔をあげる。

 眼前にあったものは、リューグのむき出しになった肩。
 抱きとめられたために、至近距離にある顔。
 少しだけ心配そうな……髪と同じ色の瞳と目があい、は瞬く。

 自分は今、どういった情況なのだろうか。

 きょとんと瞬くの頬に、リューグの前髪から雫が一つ落ちた。






「おまえな、人がせっかく注意してやろうって思ったってのに……
 言う前にすっころぶ奴があるかっ!?」

 少々無茶なことを言っている。

 注意をする直前に足をすべらせ、見事川に落ちた少女。
 咄嗟に頭を庇おうと抱き寄せはしたが、体半分は水の中。
 突然のアクシデントに驚いているのか、自分の状況がわかっていないのか。
 腕の中の少女は惚けて瞬き、濃い茶色の瞳を大きく開いてリューグを見上げていた。
 
 ――――――と、急に少女が軽くなる。

 ぼんやりとだが、状況を理解し始めたらしい。
 水底に足をつき、自分の足で体を支えた。
 それから片手をリューグの胸に置き、少し体を離す。

 無言。

「……なんだ? どっか打ち付けたか?」

 目を見開いたまま一言もしゃべらないを不審に思い、リューグが顔を近付ける。上から下までの体を見下ろし、怪我がない事を確認した。

「〜〜〜〜〜〜っ」

 ぐいっと少々力を込めて、はリューグから体を引き離そうともがく。
 頬が熱い。
 瞳に少し涙を浮かべて暴れるに、リューグは無意識に込めていた力をといた。すっと手をのばせるほどの距離だけ体を離すと、はようやく安堵のため息く。

「痛むのか?」

 どこか安心したような表情を浮かべたに、リューグは気付かない。自分と同じ色の瞳を覗きこみ、安否を問う。

「…………つ」

 心配気なリューグと目をあわせることができず、はリューグの喉元を見つめた。眼前の肩と鎖骨に、どこかに飛んでいきそうになる意識を必死に保ち、言葉を探す。
 何かしゃべらなければ……と思えば思うほどに言葉が見つからない。

「……………………冷たい、です」

 やっと出せた答えに、はすぐに後悔した。
 確かに冷たい。
 体の半分が水に落ちているわけだし、スカートはおろか下着までしっかりと濡れている。

 とはいえ。

 まずは庇ってくれたリューグにお礼を言うべきだろう。
 すぐに言い直そうと口を開き、リューグの顔を見上げた所に、声をかけられた。

、大丈夫?」

 顔だけを動かして声の方向を振り返ると、ハサハを背中に張り付かせたままのマグナが心配そうに歩いてくるのが見える。
 抱きとめたままの姿勢であることに気がついたリューグが、マグナの歩調にあわせるように、の背中にまわした腕を解放した。

「あんまり大丈夫じゃないですけど、大丈夫です」

 リューグよりは気の知れたマグナに、の涙腺が緩む。
 川に落ちそうになって、抱きとめられて。至近距離にある顔と、力強い腕に『異性』を感じて混乱した。マグナの顔をみて安心し、涙腺が緩むのが解るが……それらすべての要因は自分が足を滑らせた事にある。

 なんだか情けないという意味でも、涙かでてきた。

 涙をこぼすまいと忙しく瞬きをする
 マグナは昔、妹にしたように……の頭に手をのせた。

「……あの?」

 マグナの行為に、の溢れかけた涙が止まる。
 不思議そうに首をかしげ、見上げてくるに、マグナが柔らかく微笑む。

「ああ、ごめん。
 昔、こうやったらトリスが泣き止んだから……」

 『お兄ちゃん』といった顔をして頭を撫でるマグナに、は頬を赤らめる。
 子供扱いされているような気もしたが、頭を撫でられるのは嫌いではない。

 あまりそうされたことがないのも理由だろうが……






 落ち着いたらしいを後目に、リューグが水から上がる。
 地面に落としたままの服を拾い、その近くに落ちていた石を拾う。
 魚の形をしていた。
 もちろん、見ようによっては、だが。

「リューグおにいちゃん、遊ぼう?」

 帰るそぶりを見せ始めたリューグに、子供達があわてて周りに集まった。



 全ての子供たちの目がリューグに向かったのを好機と、マグナはハサハを地面に下ろす。それからが水から上がるのを手伝っている間に、ハサハが自分の着物とマグナの服を回収した。

「もっと遊ぼうよ、リューグ兄ちゃん」

 口は悪いが、リューグは優しく、面倒見がよい。
 余所もの相手には容赦をしないリューグも、子供相手にはけっして手を振るわない。 それを知っているので、子供達はリューグを恐れなかった。
 せっかく捕まえた遊び相手。
 逃がしてなるものかと、リューグのズボンの裾を掴む。

「最近アメルおねえちゃんも遊んでくれないから、つまらないよ」

「あそぼ、リューグ」

 かっこうの遊び相手であったアメルが、子供達の相手をできなくなったことに、リューグには少しだけ罪悪感がある。
 拾ったばかりの石を見つめ、しばし思案。

 このまま遊びに付き合っていたら、昼食を逃すばかりか、夕方の張り番にそなえる仮眠時間すらなくなってしまう。

 手の中の石を弄び、2・3回高く放り投げて重さをはかる。
 珍しい形をしているので、少々惜しくはあるが……

「そらっ! とって来い」

 リューグは手の中の石を、おもむろに投げた。
 その軌跡を反射的に追う少年が2人。
 残念ながら、年長の少年と、人形を抱いた少女は石につられなかった。
 しっかりとズボンを握り、リューグを捕まえている。

「……俺が家につく前に取ってこれたら、遊んでやる」

 しかたなく足された『ルール』に、少年と少女は眉を寄せる。
 こういった所では、リューグは信用できないらしい。

「ホント?」

「ぜったいに、ぜったいだよ?」

 ねんをおしてリューグを解放した2人は、先に石を追った少年たちに続いて走り出した。

「逃げんなよ、リューグ!」

「バーカ! 逃げるに決まってんだろ」

 一度だけ振り返り叫んだ少年に、リューグは舌をだす。
 これではいったいどちらが子供なのか。

「……うまいな。子供の扱い」

 子供を扱う手際の良さに、マグナは感嘆のため息をついた。
 今にも拍手をしはじめそうなマグナに、リューグは毒づく。

「馬鹿。のんきにしてんな。すぐに追い付かれるぞ。
 ここいらのガキは、足も泳ぎも早ぇんだ」

「あ、そうか」

 自然の中で育つ彼等は、町育ちのマグナとは違う。
 濡れて走りにくいズボンをはいているだけ、マグナ達が不利かもしれない。


 リューグに追い立てられる様に、マグナたちは走り始めた。






  

 後書きの類似品。

 ほのぼのレルム生活。
 そんな副題が似合いそうです(笑)

 なんだか、ようやく『夢小説』って感じの展開があったかと思えば……なぜか視点はリューグより。これは後々のための表現ではなく、ラブコメが書けない私のせいです(苦笑) や、なんだか気恥ずかしいんですよ。ルヴァイドお相手の某部屋にお持ち帰り夢は、寝不足で頭がガンガンに痛い時にかきましたから(笑)それぐらいの勢い(?)がないと、書けないっぽい(苦笑)
 ま、これからがあります。
 これからの……書き手の成長に期待(笑)

(2004.09.14UP)
(2008.02.29 加筆修正)