「御主人様と、リューグさん……?」
対峙するマグナとリューグの姿に、は首をかしげた。
二人して剣を持ち、打ち合う。時々間合いを取り直し、体制を整えて再び打ち込む。
すばやく攻撃を繰り出すリューグと、それら全てを受け流すマグナ。
実力は同じぐらいか、……の目には、リューグが優勢にも見えた。
「あれ?」
不意にマグナが腰を落とす。
の位置からは背中しかみえないが、マグナの構えが変わった。
その構えに、後ろ姿に、見覚えがある気がして、は首を傾げる。
「どこで……?」
が剣を扱う人間を見る場所は、限られている。
山賊に襲われた時、マグナが振るう剣。
デグレアでマグナと覗いた旅団員たちの訓練風景。
ルヴァイドに剣の扱いを教わった時。
それから――――――
ばんっ! っと突然大きな音をたてて、眼前のガラスが揺れる。
「ひゃっ!?」
小さく悲鳴をあげて、は窓から離れた。
ドキドキと悲鳴をあげている胸を押え、がおそるおそる窓辺を見下ろすと……むぅっと眉を寄せた少女が立っている。
「……ハサハちゃん?」
白い襦袢姿のハサハが、窓の下からを見上げていた。
「やっと、気が付いた……」
眉を寄せたまま、ハサハは軽く窓を叩く。
その言葉に、はマグナの寝ていたベッドを見る。
乱れた……というよりも床に落ちている掛け布と斜めになった枕。かつて枕があった場所の横、昨夜は『枕元』と言えた場所に、ハサハの着物がひとそろえ置かれて――――――この場合は、それだけが昨夜の位置にあった、と言った方が正しいか。
どうやらに着物を着せてもらおうと、ハサハはずっと待っていたらしい。
それも目覚めたらすぐにわかるよう、マグナとリューグを遠巻きに見つめながら、が眠っている部屋の窓辺で。
それなのに、目覚めたはハサハに気が付かなかった。
それで御機嫌ななめらしい。
ぺちぺちと外から窓を叩き、ハサハは自己主張をしていた。
「おはよう、ハサハちゃん」
窓をあけて、ハサハの顔を覗き込む。
にっこりと微笑むに、ハサハの機嫌はすぐに直った。
同じようににっこりと笑って挨拶をかえす。
「おはよ、おねぇちゃん。いっぱいおねむしたね」
「あ……」
朝の挨拶。
その何気ない一言。
ハサハにそんなつもりはないが、寝坊をした身のとしては、非常に気まずい一言。
「ご、ごめんね? 寝過ごしちゃって。
すぐに支度をするから――――――」
「早くゼラムに発とう」とが続けようとしたところで、ハサハがふるふるっと首をふった。
「早くゼラムに発つ」必要はない。
そうハサハが言っているのはわかったが、にはその意味がわからない。
理由がわからずが首をかしげると、ハサハはマグナを振り返り、指差した。
「おにいちゃんが、『きょうはおねぼうさせてあげよう』って、
おねえちゃんの『とけい』、かくしちゃったの。
だから、きょうはおねぼうでいいんだよ」
「ご主人様が?」
聞き間違いかと確認するに、ハサハはこくりと頷く。
ゼラムに向かっているのはマグナの用事であるのに、わざと出立を遅らせるようことを何故するのだろう? と眉を寄せながらがマグナに視線を移すと、丁度決着がついたらしい。リューグが悔しそうに地面に座りこみ、マグナは大剣を鞘におさめて達に振り返った。
「おはよ、」
「おはようございます。ご主人様、リューグさん」
二人に声をかけるが、リューグからの返事はない。
タイミングよく負ける所を見られたのが悔しいのか、単純に聞こえなかったのかは……たぶん前者だろう。ぷいっと顔を背けて、自分が使っていた大剣を鞘におさめている。
「それで、あの……」
マグナ本人の仕業とはいえ、昼近くまで眠ってしまったことが気恥ずかしい。
そんなの心境を知るはずもなく、マグナは軽く息を整えながらけろっと笑い、ポケットをあさった。
「良く眠れた?」
「はい。あ……いえ、その……」
確かに良く眠れた。
昨日の疲れを引きずらないほどに、たっぷりと。
「はい、の『時計』。返しておくよ」
ポケットから時計を取り出し、の手のひらにのせる。細いベルトの女性用の時計が示している時間は11時を回っていた。これでは今からレルム村を出ても、王都ゼラムに到着するのは夜になってしまう。
「寝れる時に寝れる場所で、いっぱい寝とかなきゃだめだよ。
だって俺と同じだけ歩いているんだから」
「すみません」
疲れていたとはいえ、いつもの時間に起きられなかった自分が少し情けなく、また主人に気を使わせてしまった事実に、は肩を落とし眉をよせた。
しゅんっと俯き眉を寄せるに、マグナは自分の頬をかく。
疲れたらマグナに背負われるハサハとは違い、自分と同じ距離を歩く、マグナよりも体力のない。
たまたま彼女より早く目が覚めたので、いつもがそうしてくれるように――――――できるだけ体力を回復させられるように、時計を隠した。
が、それはどうやら失敗だったらしい。
マグナが時計を隠したためとわかっていても、は寝過ごしたことを自分の落ち度と考えてしまう。
誠実すぎる少女。
肩を落とし落ち込むに、どうしたものかとマグナはハサハを見下ろし――――――睨まれている……気がした。
ハサハはいつものように見上げているだけなのだが、マグナにもに対する罪悪感がある。それゆえハサハのいつもの表情でさえも、マグナには違って見えた。
光りの加減で紅色に見える一対の瞳が、『おねえちゃんいじめちゃ、だめだよ』と言外に告げている。
ハサハの助けは望めない。
マグナは途方にくれて、再び頬を掻いた。
「……『すみません』じゃないよ」
どう言葉にすれば、に通じるのか。
マグナはハサハから視線をリューグに移し、また肩を落としたままのを見る。そしてまたハサハに視線を移しながら、言葉を探した。
まじめで誠実なは、すぐに自分自身を追い詰めてしまう。
常に慎重に行動し、受け身にまわって……些細な言葉でも、悪い方にとらえてしまうことがある。
素直で誠実な性格には好感を抱くが、ある意味で扱い難い。
ただ単純に、『ゆっくり休んでほしかった』だけの悪戯。
それを今また、が悪い方向に考えているのが……手に取るようにマグナにはわかった。
「うん。……『すみません』じゃない」
欲しかった言葉は謝罪ではない。
不思議そうに瞬き、顔をあげたの眉間に指を伸ばす。
それから寄せられた眉を伸ばすように、マグナはの眉間を撫でた。
「……あの?」
ほんのりと頬を染めて、がマグナの指先を見つめる。
ちょっとだけ戸惑ったその表情。
陰りが消えたに、マグナはホッと息をはく。
悪戯の代償に、マグナが欲しかったものは――――――
「元気いっぱいで、『おはよう』の挨拶」
「……はい?」
ますます訳がわからないのだろう。
は首を傾げてマグナを見つめ、ハサハにならわかるのだろうか? と、窓辺のハサハに視線を落とした。
の戸惑った視線をうけて、ハサハにはマグナの言いたいことがわかったらしい。
うっとりと微笑んで、マグナの服の裾を握る。
「おねえちゃん、おはよ」
「おはよう、ございます……?」
先ほどのやり取りをくり返し、はますます首を傾げる。
「、おはよう!」
にっと笑い、マグナがもう一度『挨拶』をする。
その笑顔につられ、も微笑んで、もう一度。
「はい、おはようございます」
「あの、それで……出立は?」
もじもじとやはり気まずそうに、が話を切り出した。
「もう一晩泊まっていけばいいじゃろう」
「「アグラバインさん」」
の問いに応えたのはマグナではなく、家の横手から姿をあらわしたアグラバインだった。
手には折れた杭と工具箱。
どうやら、朝のうちにマグナ達がレルム村に迷いこむ原因となった『道しるべ』を修理してきたらしい。
「でも、御迷惑では……?」
急きょ泊めてもらうことになったが、アグラバインの家は普通の家であり、宿屋ではない。他の家にくらべ、多少広い造りになってはいるが……連泊するのはさすがに気が引ける。
なによりも、急げばまだ今日中にゼラムに付くことはできる時間。
出立の遅れた原因であるには、素直にアグラバインの好意に甘える気にはなれなかった。
「なに、わしなら一向にかまわんよ。
女の子が居ると、食事も華やぐ。それに……」
ちらり、とアグラバインは地面に胡座を組み、ふて腐れているリューグに視線を移す。
「リューグはまだ、おまえさんの主人に用があるらしいしな」
咽を鳴らして笑うアグラバインに、マグナはゲっと顔を歪め、とハサハは顔を見合わせたあと揃って首を傾げた。そのまま視線をリューグに向ければ……リューグもマグナと同様、眉を寄せている。
「えーっと……?」
何かあったんですか? とが聞くよりも先に、マグナが窓枠に手を置き肩を落とす。
「助けてくれよ、。リューグの体力、バケモノ並でさ。
さっきから稽古につきあわされて……もうくたくた!
昨日の夜は見廻りに出てたはずなのに、帰って早々だよ?」
「これじゃ、が寝坊しなくたって、今日の出立は無理だったよ……」との同情をさそうマグナの背中に、リューグの反撃が加わった。
「テメェの方こそ、『召喚師』って嘘だろ!
どこの世界に大剣振り回す召喚師がいんだよっ!!」
「ここに」
しれっと答えるマグナに、一瞬だけ目を点にしたあと、リューグは顔を赤くした。
「それが嘘だってんだよ!」
ばんっと力強く地面を打ち、立ち上がる。そのままとハサハのいる窓辺に近付き、リューグはマグナの耳を引っ張った。
「だいたい、最後の一撃はなんだっ! テメェ、俺が打ち込んでいる間ずっと……」
後は良く聞き取れない。
リューグのあまりの大声に、は耳を塞ぎ、肩を竦める。片目を閉じてハサハを見れば、器用に腕全体を使って頭の上と横の耳を塞いでいた。
「決まりじゃな」
これで話はまとまった、とばかりにアグラバインがリューグとマグナを引き離す。そうすることで、リューグとマグナの怒鳴りあいは一応の終息を見せた。
マグナは明らかにほっと胸をなでおろし、リューグはまだ何か言いたそうにマグナを睨んでいるが……大人しくなった二人を確認して、とハサハが耳を解放した。
「さて2人とも、昼飯の前に汗を流して来たらどうじゃ?
せっかく可愛らしい娘さんが2人もいるのに、わしは汗臭い男どもと昼飯など食いたくはないぞ」
朗らかに笑い飛ばされ、マグナは自分の服に鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。
……よくわからない。
そもそも、『自分の匂い』というものは解り難いはずだと思い出し、マグナはハサハに聞く。
こういった場合、人一倍気を使うはあてにはできない。
「……匂うかな?」
内心なさけなくもあり、こっそりと聞くマグナに、ハサハは素直に。
この場合は無情に。
こくりっと揃えられた黒髪を揺らして頷いた。
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後書きの類似品。
お久しぶりの、続きアップです。
なんだか……『やりとげた〜』って気がします(待て)
これからまた、ペースを取り戻していくはず……です。
短いのはそのせいだと思いたいなぁ…(苦笑)
次回は……今週の内にアップをめざしますです。
目指すは小出しにペースアップ&週一ペースを取り戻そう、ですので。
(2004.09.08UP)
(2008.02.29 加筆修正)