「では、おまえさん達は道を間違えて……この村に来たのかね?」
休むことなく食べ物を口に運ぶマグナのコップに、アグラバインが水をそそぐ。
その横で小食なハサハはすでに食事を終え、リューグにもらったおはじきを黙々と色を分けて積み上げていた。
興味はあったが遊び方を知らないらしいハサハに、リューグがフォークを片手にハサハの積み上げたおはじきを崩す。
リューグにしてみれば、遊び方を教えてやろうとしているのだろうが――――――せっかく積み上げたものを崩されたハサハはそうは思わない。首をかしげてリューグを見上げ、そ知らぬ顔で食事を続けるリューグに眉を寄せてから、また一から積み始める。そしてまた崩される。
しばらくそれを繰り返した後、むっと眉を寄せてリューグを見上げるハサハに苦笑し、アグラバインがなだめるようにハサハの頭を撫でた。
「たしかに……道しるべのとおりにきたんだけどね」
ハサハとリューグのささやかな攻防を尻目に、マグナが水を飲む。
が口元を隠しながら、マグナの言葉に続いた。
「やっぱり、あの不自然な道しるべが……」
「不自然?」
の捕捉にアグラバインが眉を寄せる。
「石に立てかけてあったんです。ハサハちゃんぐらいの目線に合わせて」
口の中のものを飲みこんでから、はレルム村に迷いこむ原因となった道しるべを思い浮かべた。
普通なら、街道を利用する大人の目線に合わせて立てられているであろう『道しるべ』。
それがなぜか、あの場所にあったものは少し大きな石に身を預けるように、立てかけられていた。
「それは……そのうち修理に行った方が良さそうじゃな」
木で作られた道しるべは、年月が経てばいずれ腐る。
木こりとして何度か村にいたる道しるべを修理したことのあるアグラバインは、看板の柱部分が腐るかどうかして崩れたのを誰かが適当に置いたのだろうっと思い至り、腕を組んで考えた。
普通なら道しるべが間違った方向を指していたからといって、広い王都へ続く道と、細い村へと続く道を間違えるものはいない。が、今回のように馬鹿正直に迷いこむものがこれから出ないとも限らない。
明日にでも、早速直しに行ったほうが良いだろう。
そう結論を出し、食事を再開しようとしたアグラバインを、マグナが眉を寄せて見つめていた。
「……わしの顔に、なにかついているかね?」
「あ……いや、そうじゃなくて……」
う〜んと歯切れ悪く首をひねり、マグナが芋を刺したままのフォークをもてあそぶ。
「『アグラバイン』って……どこかで聞いたことがある気がする名前なんだけど……」
マグナはくるくるとフォークを回し、記憶をさぐるが……思い出せない。
自分の頼りない記憶力に少しだけ苛立ち、マグナは芋を口に放りこんだ。
「『獅子将軍アグラバイン』のことじゃないですか?」
「……誰?」
思い出せないらしいマグナにかわり、が思い当たる名前を挙げた。
マグナが聞いていそうで、が知っている『アグラバイン』といえば、目の前の老人ともう1人。
デグレアで学んだ旧王国の歴史に出てくる、将軍の名前しかない。
に出された『獅子将軍』という名前に眉を寄せてから、マグナが再び記憶を探る。
たしかに、聞いたことがあった。
「たしか、20年ぐらい前に戦死したはずの……デグレア双将軍のお1人です」
「双将軍……ってことは、レディウスおじさんの」
やっと記憶を探り当て、マグナが『双将軍』の片割れの顔を思い出そうと首をひねる。
獅子将軍という人物は、マグナがレイムに引き取られた時にはすでにデグレアにいなかった。
が、もう1人とは面識があった。
黒い鎧と、紫紺の髪の騎士。
「レディウス……おじさん?」
「ああ、獅子将軍と並ぶ鷹翼将軍の名前だよ。
ん〜、……兄さんの父さん、って方がわかりやすい?」
マグナの奇妙に言いまわしに、は首をかしげる。
何かおかしなことを言ったのだろうか?
普段は言葉が足りなくとも、適度に汲み取ってくれるの珍しい反応に、マグナもつられて首をかしげた。
「兄さんの父さんってことは、テメェの父親、じゃねえのか?」
ささやかな攻防ののち、やっとハサハに正しい遊び方を教えたリューグが、疑問をぶつける。
聞いていないようでいて、しっかりと話しを聞いていたらしい。
リューグに指摘されて、マグナは何故が首をかしげたのかがわかった。
「違う違う。兄さん、ってのは小さい頃よく遊んでもらったから、
俺が勝手にそう呼んでただけ」
「あ」
『兄さん』が誰をさしているのか。
それがわかり、は『兄さん』と呼ばれる存在―――ルヴァイドの顔―――を思い出し、同時に日陰に立てられた墓標を思い出した。
ルヴァイドの父親。
つまり、あの崩された墓の主である。
納得したらしいに満足してから、マグナは再びアグラバインを見つめた。
何故、知っている思ったのか。
『獅子将軍』どころか、結構可愛がってくれた『鷹翼将軍』ですらも、しっかり忘れていたというのに。
不思議そうに首を傾けるマグナに、アグラバインは目を細めた。
「その獅子将軍と、わしが似てるのかね?」
「へ? 似てるっていうなら、顔知ってるはずだし……」
っと、マグナは何故『アグラバイン』という名前でつなげて思い出したかを探る。
自分で言うのもなんだが、名前だけなら記憶にひっかかりもしない自信がある。獅子将軍という人物は、マグナにはまったく関わりのない人物だ。それならば、何故……記憶の片隅にのこっていたのか。
マグナは、少ない『獅子将軍』という人物の情報を探る。
確か、デグレアの双将軍の片割れ。
これはが記憶していたことだった。
デグレアに長く住んでいたマグナよりも、の方がすでに詳しいのは少しだけ情けない気もしたが、今は考えないことにしておく。
それからさらに記憶を探る。
成長し、それなりに分別がつくようになってからは止めたが、子どもの頃は『兄さん』と呼んでいたルヴァイド。
甘いアップルパイを焼いてくれた、『兄』の母親。
その2人の父親で、夫であった人物の同僚で、友人であった『獅子将軍』
昼は館にいないレイムに変わり、遊び相手を求めて毎日通った広い館。
その館の奥に飾られた、1枚の――――――
「あ、わかった。アグラバインさんの『髭』だ」
「「髭?」」
やっと思い出し、嬉しくなったマグナの大声での指摘に、とリューグは顔を見合わせてから、アグラバインを見つめた。
正確には、アグラバインの『髭』を。
「前に兄さんの屋敷でみた肖像画の『獅子将軍』にも、すっごい髭があったんだ」
館の中、何故か隠すように飾られた1枚の肖像画。
そこに描かれた、面差しがルヴァイドに似た―――否、この場合はルヴァイドがその人に似ている、というほうが正しい―――若き日のルヴァイドの父親と、その友。『獅子将軍』アグラバインの肖像画。
その肖像画の人物は、目の前のアグラバインと似た……ちょっと人目を引く、立派な髭をしていた。
「…確かに、印象に残る髭です」
すっきりとした笑顔をみせるマグナにつられて、がぽろりと本音をもらした。
のん気な2人にアグラバインは朗らかに笑い、うっかり本音をもらしたは恥ずかしそうに俯く。
ちなみに、マグナはしっかりと……アグラバインとともに笑っていた。
「おまえさんたちは、デグレアから来たのかね?」
ひとしきり笑い終わり、食事を再開したマグナに、アグラバインが聞く。
道に迷ってレルム村に来たとは聞いたが、何故旅をしているのかは聞いていなかった。少年少女と幼女という、見たところ観光客にも見えない奇妙な旅人に対しての、当然の疑問だろう。
隠すほどの理由でもないので、マグナは正直に答える。
「うん。妹を探しにね」
「妹が、聖王国にいるのか?」
旧王国という国が閉鎖的であるということは、そこに住む民以外には結構有名な話だった。
デグレアの民が、兄と妹……それも、旧王国と聖王国にわかれて暮らしているのはおかしい。
アグラバインもそれが不思議なのだろう。
眉を寄せて、マグナの言葉の続きを待っている。
「あ、俺は元々聖王国の生まれ。
俺を引きとってくれた人が、デグレアの人だったから、俺だけデグレアで育ったんだ」
不思議な食感のパンをちぎり、薄い味付けのスープにひたしてから口に運ぶ。少々行儀の悪い食べ方ではあったが、行儀うんぬんよりも、この食べ方が美味しい。養父の館でこのような食べ方をしたならお説教が始まるが、レルム村のような小さな村では行儀だ礼儀だと気取って食べる人間はいないのだろう。リューグも似たような食べ方をしていた。
「最近になって『生き別れた妹が聖王国の王都で生きている』って聞いたから、
……ゼラムまで迎えにいく途中」
「……そうか。見つかるといいな」
無心に食べ物を口に運ぶマグナに、アグラバインは隣の孫をみるような優しい眼差しで微笑んだ。
簡潔な、けれど優しい力のこもった励ましの言葉に、マグナは大きく頷く。
その横で。
「……妹、か」
ぽつりと呟き、リューグがおはじきを1つ弾いた。
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