「ほれ、チビ」

 家に帰って早々どこかへと姿を消していたリューグが、手に小さな布袋を持って居間に入ってきた。
 そのまま夕食の乗ったテーブルとマグナ達の横を通りすぎ、棚にはりつくようにしてそこに並べられている人形を見上げていたハサハの後ろに立つ。
 そして手にもった布袋をハサハの頭の上に乗せた。

「……?」

 ハサハが不思議そうに首をかしげる。
 と、当然のように頭にのせられた布袋は重力に従い滑り落ちた。
 ぽとっと小さな手の中に落ちた布袋の口を開き、ハサハが覗きこむ。

「……ありがと」

「ああ」

 ゆっくりと顔をあげたハサハがリューグに微笑むと、リューグは顔をそむけて短く返事を返す。
 素直に感謝されて照れているのか、リューグはぐしゃりとハサハの頭を撫でた。

「ハサハちゃん、何をもらったの?」

 ハサハはに劣らぬ人見知りをする。
 今だって、マグナの後ろに隠れていないのは知らない人間よりも、棚の上の人形に気をとられていたからだ。
 そのハサハが逃げ出すことなく、なおかつ可愛らしく微笑んでお礼まで言うとは……リューグにいったい何をもらったのか。
 マグナも気になったようだ。アグラバインとともにハサハに顔を向けている。

 部屋にいる全員の視線をうけて、ハサハはに布袋を手渡した。

「見てもいいの?」

 が首を傾げると、ハサハがいつものようにこくりと頷く。
 ハサハの返事を見てから、は布袋を開いた。

 が袋を傾けると、中から互いにカチカチとぶつかりあう音が聞こえ、丸い……けれど平面にのばされたガラスが20数個でてくる。

「……えっと……『おはじき』?」

 色とりどりに塗られた小さなガラスの玩具には、も見覚えがある。
 の世代ではこれで遊ぶ子どもはほとんどいなかったが、日本にも同じ物があった。
 昔の玩具だ。

 の疑問をもった響きに、ハサハがこくりと頷く。
 どうやらハサハの故郷シルターンにも、同じ玩具があるらしい。
 それも、名前まで同じようだった。

「『おはじき』って、何?」

 ただ1人『おはじき』がわからないマグナが、首をかたむけつつ、小さなガラスを指でつまんだ。
 手のひらにのせて、ひっくり返す。
 透明なガラスに色が塗られているだけなので、裏返しても見えるものは変わらない。
 それでもマグナは興味をもったのか、手の中で何度もおはじきをひっくり返した。

「私の世界にあった、女の子の玩具です」

「シルターンのにんげんも、『おはじき』であそんでた」

 ハサハは妖怪なので、人間にまざって遊ぶことは出来なかったが。
 おはじきや手鞠であそぶ人間の子ども達を、いつも山からのぞいていた。
 いつか人間にばけられるようになったら、人に混ざって遊んでみたいとおもっていた、一つの憧れ。

 ハサハは嬉しそうにマグナに微笑み、もう一度リューグを見上げた。

「リューグおにいちゃん、ありがとう」

 リューグにしてみれば、今は誰も遊ばなくなった玩具が部屋にあったのを思い出し、それで遊びそうな年齢のハサハにあげただけなので、感謝されてもくすぐったい。
 使わない者から、使う者に譲り渡す。
 それは貧しい村で育ったリューグには当然のことで、元々感謝されるほどのことではない。

 にこにこと嬉しそうに笑うハサハの視線から逃れるように、リューグは短く舌打ち。
 そのまま夕食ののったテーブルにつく。

「……料理が冷めちまうぞ」

 どうやらハサハに感謝されて照れているらしいリューグに、アグラバインとは顔を見合わせてから、こっそりと笑い合う。

 口と態度は悪いが、子ども好きで面倒見も良い。
 それから……なかなかの『照れ屋』。

 マグナはアグラバインが奥から出してきた子ども用の椅子を引き、ハサハを座らせながら笑いを堪えた。

 ただ1人、ハサハだけがきょとんと瞬いている。