「広い家だなぁ……」
リューグに案内された家に入り、マグナが室内を見渡す。
村中の家々と比べても、その家は大きかった。
大きかったが――――――広い家特有の『冷たさ』はなく、雰囲気がよい。
デグレアのレイムの館に比べれは、はるかに小さな家だが、この家には『温かみ』がある。そこかしこに感じるぬくもりと、『生活』を感じる壁や家具についた大小様々な傷や染み。
家に入ってすぐに目を覚ましたハサハは興味をひかれたらしく、マグナの腕から離れ、今は棚にはりつくようにして、そこに並べられている木彫りの人形を見つめていた。
魚をくわえた獣、野ウサギ、それから……天使の人形。
木こりであるアグラバインが作ったものだろうか。
どれも街の土産屋などで見かけるものほどの巧みさはないが、不恰好で、広い家と同じように温かみがある。
ハサハは棚に並べられたウサギに手を伸ばし、その背中をなでようと懸命に背伸びをしていた。
「わし1人なら狭くてもかまわんのだかな。
孫が3人もいれば……これぐらいは必要だろう」
大皿に料理をのせて、家主であるアグラバインが台所から姿をあらわす。
その背中に隠れて見えないが、先ほどからアグラバインを手伝うといって台所にいたの足音も聞こえた。
「お孫さん、3人もいるんですか?」
盆にのせたサラダをテーブルに移しつつ、が訊ねる。
「ああ、リューグとその双子の兄。それと女の子が1人」
その視線をうけて、大皿をテーブルに載せたアグラバインはを見つめた。
頭の先からつま先までを見下ろし、微笑む。
「ちょうど、おまえさんぐらいじゃな」
そう言ってを見つめる目は、とてもやさしく穏やかだった。
アグラバインという人物は、『じいさん』と呼ばれているわりに、筋骨隆々で足腰もしっかりしている。現役の木こりということもあるだろうが、の知るどの『老人』にもあてはまらない。リィンバウムではこれぐらいで普通なのかもしれないが、から見ればまだまだ『祖父』というよりは『父親』と呼べる年齢だろう。
背が高く、筋肉をまとった腕はとても太い。
本気で殴られれば、やハサハなどひとたまりもなさそうだった。
そんな力の象徴のような体躯の人物ではあったが、不思議と怖くはない。
どっしりとした貫禄は古い大樹のようで、高い位置にある視線は見守られているような気さえして、安心できる。
「その娘さんは?」
リィンバウムに呼ばれてから、はまだ1度も同じ年頃の女の子と話したことがない。
こちらの世界の常識を教えてくれた、レイムの館で働くメイドたちは皆三十路をすぎていたし、一緒にいる時間の多いハサハはまだ小さい。ついでに言うのなら、彼女は人間の姿をとってはいるが、正体は妖狐である。たとえ同じ年頃であったとしても、の知りたいことについて、正確な答えが望めるかは怪しい。
同じ年頃といえばマグナも含まれたが、これは当然。異性であって、同性ではない。
レイムやルヴァイドは言うに及ばず、問題外。
イオスはいくら外見が美しい女性に見えたとしても、逆立ちしたって、彼が男性であることにかわりはない。
1日の大半を学ぶことに費やしていたデグレアでの生活で、同じ年頃の知り合いを作る時間はなかったし、またその機会もなかった。
ゆえに年の離れた者や異性には聞けないことなど、1度聞いておきたい事柄がにはいくつかある。
同じぐらいの年頃の孫娘がいるのなら、1度話しをしておきたかった。
「ここにはおらんよ」
「……え?」
期待していた言葉はもらえず、またそれ以上に不可思議な答えには瞬く。
それから、聞いてはいけないことだったのだろうか? と顔を曇らせた。
「あの……」
眉を寄せて言いにくそうに口篭もるの頭に、アグラバインは苦笑し、空いた手を乗せた。
「ああ、死んだとか言うわけではない。ただ……わけあって、この家には滅多に帰って来れないんじゃ」
「わけ?」
「宿が取れなかったということは…『聖女』の噂は聞いたじゃろ?」
頭に手を置かれたまま、がマグナと顔を見合わせる。
が宿を取れず、アグラバイン宅に世話になることになったのは……怪我でも病気でもなんでも癒すと評判の、『聖女』騒ぎで村にたちよる旅人が増えたからだった。
旅人が増えすぎて、宿屋の部屋数が足りない。
臨時の宿泊施設ですらも、すでに人があふれていた。
「その『聖女』がわしの孫娘じゃ」
「聖女って……」
少しだけ寂しそうに目を細めるアグラバインに、マグナは首をかしげる。
それから、森であった少女を思い出した。
ほっそりとした榛(はしばみ)色の髪と瞳の少女は、面差しこそアグラバインとは似ても似つかないが、身にまとう雰囲気が似ていた。大樹のような、大地のような……優しさや広さを感じる、柔和な眼差しと、どこか懐かしい雰囲気。
それから、彼女から感じた温かな光。
誰にも言えない内面の不安を、見つけ出し、たった一言で背中を押してくれた少女。
彼女は召喚術も使わずに、マグナの傷を癒してみせた。
「栗色の髪の、可愛い女の子?
大人しそうにみえて、実は木から落ちてくるぐらい元気な……」
白と青を基調とした清潔感のある衣装と、肩に流した長い髪から一見しとやかな印象を受けたが。
彼女……アメルはたしかに、木の上から落ちてきた。
それも、マグナの真上に。
「おまえさん、アメルにあったのかね?」
「森の中で昼寝をしていたら、上から落ちてきたよ」
マグナの口からもれる『聖女』の印象に、は目を丸くして驚き、アグラバインは一瞬だけ瞬いて、それから懐かしそうに目を細め、朗らかに笑い出した。
「そうか、元気そうじゃったか?
聞くまでもないか。木から落ちてくるのなら……元気そうじゃな」
マグナの言う『木から落ちてきた』にも驚いたが、祖父と孫娘という間柄で、他人に『元気だったか?』と聞くのはどういうことだろうか。
をマグナは顔を見合わせて首をひねる。
その横でアグラバインが少しだけ寂しそうに微笑んだ。
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