どれほど同じ姿勢で停止していたのだろう。
マグナと少女は視界の隅でモゾモゾと動く、小さな影に気がついた。
「おにいちゃん……?」
マグナを枕に眠ったはずなのだが、いつのまにか少し離れた所に移動していたハサハが身体を起こす。眠たげに目をこすり、ぼんやりと―――傍目には押し倒されていすように見える―――マグナと少女を見つめた。
「……う?」
状況を理解しようと、ハサハが首を傾げる。
その仕草が合図になった。
マグナと少女は慌てて離れ、姿勢を正す。
「ハサハ、これはな……」
なにやら弁明を始めた地面に仲良く正座する男女に、ハサハはもう一度首を傾げてから……何事もなかったかのように、ぱふっと寝転んだ。
子供という生き物は、一度寝始めると、起こされてもなかなか起きられないもの。
幼いハサハにも、それが当てはまった。
『寝ちゃダメ』といってはいたが、一度睡眠に入ればなかなか起きられないほどにハサハは疲れている。
柔らかい下草の上に丸くなり、ハサハは早々に寝なおすつもりらしい。
召喚主に似たのか寝つきも良く、マグナの耳にはハサハの小さな寝息が聞こえた。
「……ハサハ?」
なんとも気まずい雰囲気を打破してくれるかと思われたハサハの素っ気無い反応に、マグナと少女は顔を見合わせ……再び赤面する。
長い沈黙状態から、先に立ち直ったのは少女のほうだった。
上気した頬を隠すようにうつむき、伏し目がちにマグナを見上げる。
「……あの。ありがとうございました」
「え?」
「その……受けとめてくれて」
まだ半分呆けているマグナに、少女が言いなおす。
「ああ、俺の方こそ……その、ごめん」
落ちてくる少女を受けとめたまでは良かった。
その後が問題である。
不慮の事故とはいえ、キスしてしまった。
謝罪を口にするマグナに、少女は顔をあげ――――――と、2人の目が合った。
「「…………」」
「……気にしないでください」
などと本気で気にすることがないのならば、二人とも少しは会話があるはずなのだが。
どちらともなく再び赤面し、マグナはわざとらしく空を見上げる。少女ははにかんで俯き、それでも気になるのか時々視線を動かしてマグナの顔を盗み見た。
「あ……唇が切れて……」
マグナの唇。
そこから滲む小さな血に気がついて、少女が患部を確認しようと頬に手を伸ばす。
「あれ? 本当だ。こんな所、いつのまに切って……」
ぺろりと傷口を舐めて考える。
唇に触れたものといえば――――――
「「………………」」
2人仲良く、3度目の沈黙。
「あの……今、治しますね」
「へ?」
少女が一言断ってから、マグナの頬に触れた。
柔らかい少女の指先に、マグナは落ちつきなく視線をさまよわせる。
「痛くない、ですよ……」
少女が優しく囁いて目を閉じた。
触れた指先かほのかなぬくもりが伝わる。
優しいぬくもりに、マグナは不思議な懐かしさをを感じ、その正体を探るように目を閉じた。
少女の姿が見えなくなったからこそ、間近く感じる『懐かしい気配』。
夢でみた『彼女』の気配によく似ている。
柔らかくて、優しい。
温かくて、少しだけ切ない。
そしてなによりも愛しいと、夢うつつに感じた……
「終わりました」
目を開くと、少女がにっこりと微笑む。
頬から離れる指先がすこしだけ寂しい気がしたが、それよりも気になることがある。
その存在に気がついてからはチクチクと痛みを主張していた小さな傷口が、今は痛くない。
『治す』という言葉どおり、神秘の力を操った少女に、マグナは瞬いた。
「今のは召喚術……じゃないよね?」
まがりなりにも自分は召喚師。
少女が召喚術を使ったのならば、魔力の気配ぐらいは感じ取れたはずた。
それなのに魔力の流れや、召喚の門が開いた気配は感じなかった。
ただ一つ。
感じたものは『懐かしい』という想い。
不思議そうに首を傾げるマグナに、少女もまた首を傾げ……それから少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「マグナさんは、『聖女の奇跡』は知らないんですね」
「せいじょのキセキ?」
「はい」
どうやら本当に何も知らないらしいマグナに、少女の榛色の瞳が楽しそうに揺れる。それから『とっておきのヒミツを教えます』っとでも言うように唇に指を当てた。
――――――っと、何やら探し物をしているらしい声が聞こえる。
「あれ? もう休憩時間は終わっちゃったのかな……」
『アメル様〜!』と名前を呼びながら近付いて来る声に、少女――――――アメルは首を傾げた。自分の名を呼びながら近付いて来る人物の方向に顔を向け、少し残念そうに呟く。
「あ、いけない」
アメルは自分が木に登っていた理由を思い出して、木を見上げた。
つられてマグナがアメルの視線を追うと……1匹の仔猫が恨めしそうにこちらを見下ろしている。
「あの子、降りられないみたいなんです」
「それで木から落ちてきたのか」
一見おしとやかそうな外見の少女が、何故いきなり木の上から落ちてきたのか。
マグナはやっと納得がいった。
木から降りられない仔猫は気になるが、そろそろ戻らなくてはならないらしい。
眉を寄せて声の聞こえる方向と仔猫とを見比べるアメルに、マグナは笑顔を向けた。
「あの猫なら、俺が助けておくよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「それより、呼んでいるよ」
「……はい」
少しだけ名残惜しそうにマグナを見つめてから、アメルは近付いて来る呼び声の方向に走りだした。
少し走ってとまる。
くるりと髪をゆらして振りかえり、先ほど見せた悪戯っ子のような微笑みを浮かべた。
「あ、そうだ。
マグナさん、きっと妹さんも待っていますよ」
にっこりと微笑むアメルを、マグナはつられて笑顔で見送る。
「『アメル』……か」
知ったばかりで別れてしまった、どこか懐かしい少女の名前を反芻し、はたっと気がつく。
「あれ?
俺、名前教えてないよな……それに、トリスの事も」
木々にまぎれ、今は姿すら見えない少女の不思議な言葉に、マグナは首を傾げ……それからゆっくりと、木の上で心細そうに泣いている仔猫に視線を向けた。
気になることはあるが、まずはその仔猫を助けなければ。
仔猫救出に木に登ったマグナが、逆に引掻かれて木から落ちるのは、また別の話………。
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後書きの類似品。
マグナとアメルはラブコメ路線で(笑)
がお色気路線の『お約束』連発ならば、マグナはラブコメ路線の『お約束』連発です(待て) とはいえ、まさかトーストをくわえて朝から正面衝突、パンチラ転校生にマグナ胸キュン……というわけにはいきませんが(…ラブコメにどんなイメージ持ってんだか) 書いてて気づいてんですが…私は戦闘も苦手ですが、ラブコメも苦手っぽいです(待て) どうなるんでしょうか、この連載。まあ、だいたいはほのぼの路線……なはずなので、大丈夫とは思いますが(むしろ、思いたい)
なにはともあれ、今回はの出番なし(笑)
微妙に予告?
リューグ「『傷を癒す』って意味じゃ、召還術も『聖女の奇跡』も似たようなもんだな」
(2004.05.06UP)
(2008.02.14 加筆修正)
『天国の母さん、見ていますか?
今日、マグナが一つ大人になりました。
なんと、初めて異性と接吻を――――――――――――――――
キュラー「レイム様、そこ(レルムの村近辺の森、物陰)で何を書かれておいでなのですか?」
レイム「ああ、キュラーですか。いえね、今日の分の日記をつけていたのですよ」
キュラー「……………まだ書いていらしたのですか(遠い目)」
レイム「あたり前ですよ。可愛い馬鹿(強調)息子の成長記録。休むわけにはいきません」
キュラー「…………ところで、『母さん』というのは?」
レイム「ああ、まあ……なんとなくですよ。なんとなく、『家族愛』っぽくて良いでしょう?」
キュラー「……さようで」
レイム「惜しむらくは、相手がさんでないことでしょうかね」
キュラー「…まだ、狙っていたのですか?」
レイム「可愛い『娘』が欲しいんです」
キュラー「(……『欲しいんです』って(滝汗)」
レイム「それとも、マグナにはやはり『お母さん』が必要でしょうか?」
キュラー「………レイム様?」
レイム「私が彼女を『お嫁さん』にもらってもいいかもしれませんね」
「……っくしゅんっ!」
マグナ「あれ? 風邪ひいた?」
「いえ、寒気とかはないです」
ハサハ「おねえちゃん、大丈夫?」
「大丈夫。心配してくれてありがとう」