「ど、どいてくださいっ!」

 突然聞こえた少女の声に、『マグナ』が目を開く。
 太陽の眩しさに一瞬だけ目を閉じ、視線をずらして声の方向――――――頭上を見上げた。

「……へっ?」

 見上げて最初に目に飛び込んできたのは、純白。

 次にそこから伸びる2本の太腿。
 見上げる姿勢であるため、少女の顔は見えなかったが……状況は理解できた。

 マグナが日よけにしていた木から、少女が落ちそうになっている。






 その木は子供の頃から何度も登ったことのある、彼女にとっては慣れた枝振りである。
 幼馴染の双子と登り、落ちることもあったが、それでも懲りることなく登ったお気に入りの木。

 登ることにも慣れているが、落ちることにも慣れているといって良い。

 いつものように木に登り、いつものようにバランスを崩した。

 身体が反転し、枝から落ちるのは一瞬。
 アメルは咄嗟に枝にしがみつく。

 幸い、今自分が落ちそうになっている場所は、地面からそんなに離れてはいない。
 上手く落ちれば下草がクッションになってくれて無傷、悪くしても足を捻る程度ですむはずだった。

 が、今日は自分の足元――――――というよりも、木の根元には旅人が眠っていたはずだ。

 このまま落ちるわけにはいかない。

 自分の体重を両手でささえ、枝にしがみつく。
 どうにか危険を知らせようと足元に声をかけるが、下で眠っていた少年の動く気配は感じられなかった。

 まだ目が覚めていないのだろうか。

 起きているのならば受身もとれるだろうが、寝ている所にいきなり落ちてこられてはどうしようもない。
 もう少し大きな声で、呼びかけようと深呼吸。

 それがまずかった。

 深呼吸によって気が緩み、一瞬だけ両手から力が抜ける。

「……へっ?」

 下から間の抜けた声が聞こえたが、もう間に合わない。

「きゃっ!」

 アメルは短い悲鳴をあげて、限界をむかえた両手を枝から離してしまった。






 短い悲鳴とともに落下してくる少女に気がつき、マグナは受け止めようと両手を広げて立ちあがる。
 しかし、なにぶん突然のこと。
 マグナが立ちあがるよりも先に、少女が腕の中に落ちてきた。

 柔らかい少女の体と、思いのほか軽い体重。
 普段ならば支えられるであろう重さではあったが、今回はタイミングが悪かった。
 咄嗟に立ちあがろうとした、不安定な姿勢。
 そこに軽いとはいえ、勢いよく落ちてくる少女を抱きとめたのだ。
 バランスを崩すのは当然のことといえるだろう。
 前のめりに倒れそうになる膝に、力を入れる。
 不安定な姿勢のままふんばり、少女を抱えたまま姿勢を正そうとして……急に膝の力が抜けた。

「うわっ!?」

「きゃっ!?」

 かくんっ――――――っと膝をおり、マグナが後ろに倒れる瞬間。

 ふわりと柔らかいものが唇に触れた。

 目の前には大きく開かれた、少女の榛(はしばみ)色の瞳。
 唇に感じた感触の正体に気がつき、マグナは慌てて唇を離そうとして……後頭部を地面におもいきりぶつけてしまった。

「くぅ〜〜〜っ」

 受身を取ろうと頭を庇い、背中から倒れるはずが、うっかりしっかり頭から倒れてしまい、マグナは顔をしかめて痛みに耐える。少女の方はしっかりとマグナに受けとめられ、マグナ自身がクッション代わりになったので無傷だった。
 マグナの上に覆い被さるような姿勢で地上に降りた少女は、慌てて身体を起こし、マグナを気遣う。

「あの、大丈夫ですか?」

「うぅ〜、だいじょうぶ……」

 じんじんと痛む頭をなで、涙目になりながらマグナは自分の上にいる少女を見上げた。
 瞳と同じ榛色の髪が肩から流れ落ち、マグナの頬をくすぐる。
 心配気に覗きこんでくる澄んだ瞳と、桜色の唇に――――――

「「…………」」

 マグナと少女は同じ事を思い出したのか、互いに相手を見つめたまま硬直した。