「……あの、大丈夫ですか?」
突然の出来事に、何が起こったのか理解できていない少年の腕からは抜けだし、地面に倒れている黒髪の男に歩み寄った。
鼻にツンっと、刺激臭。
肉と髪の燃える、嫌な匂いだった。
あまり近付きたくない惨状。
でも、近付かないわけには行かない。
『アレ』を食らって生きているのならば助けなければいけないし、それに……どうやらこの惨状には自分が関わっている。
剣が振り下ろされるかと思った瞬間、突然響いた雷鳴。
目を閉じるよりも先に、白い雷光が男を襲った。
その光景には見覚えがある。
の召喚主であるマグナも、何度か味わっていた。
予告なく現れる、謎の稲妻。
マグナはそれが悪魔の残した『呪い』だろう、と言っていたが……倒れた男に近付き患部を見て核心する。
『これ』は確かに『呪い』だった。
実力の上では、高位の召喚師と言えるマグナに落ちたのではわからない。
マグナは魔力に対する耐性があるので、召喚術という人為的な雷に打たれてもダメージは少ない。
が、それが自然の雷であったのなら事情は変わってくる。
召喚師が何人集まって雷を生み出そうとも、自然の力にはかなわない。
世界を形作る『自然』の力は『絶対』といっていい。ときには人が何百年、何千年とかけて築いた文明すらも、一瞬で滅ぼしてしまうことがある。
そして『自然』のものではないからこそ、『この程度』ですんでいるのだ。
所々肌が黒く焼けただれ、髪もあちこち焦げている男は、気を失ってはいるが『生きて』いる。
はホッと息を吐き、見かけほど重症ではないらしい男の隣に膝をついた。
「今、回復しますから……大丈夫、です……よ」
当然、大丈夫なわけはないのだが。
それでもは魔力による雷に打たれ、気を失っている男に話しかけた。
呼吸を確かめて、自分のポケットを探る。
ほのかに温かい石に、の指先が触れた。
その石……紫のサモナイト石を取り出して、語りかける。
「聖精リプシー、力を貸してね」
目の前の光景に、リューグはゆっくりと瞬く。
霊界サプレスへ続く召喚の門が開かれて、小さな精霊が姿を現した。
ピコピコと手を振り、あちこち焦げた男の上に光の粉をまきちらす。
その光に触れた赤黒い患部が、急速に元の肌色に戻っていくのが見える。
はじめてみる光景だった。
『召喚術』という物の存在は知っていたが、『召喚師』自体の数が少ない。
村の中という狭い世界に生きている自分には、一生――――――縁のない物だと思っていた。
目の前で振るわれる神秘の力に瞬き、それからリューグは憮然と眉を寄せる。
「…………おい」
「はい?」
声をかけられて、少女が振りかえった。
不機嫌そうなリューグの声に、やや首を傾げて。
「なんでそんなヤツの火傷を治してやるんだよ。
ってか、おまえ召喚師か」
助けてやる必要はなかったな、とリューグは目を細める。
召喚師である少女に、リューグの助けは必要ない。
いかに儚く頼りなげに見えても、少女には『力』がある。
常人にはない、召喚術という『力』が。
その力を行使し、酔っ払いを退けることなど造作もないはずだ。
それこそ木の棒を振りまわすなどという、慣れぬ肉弾戦に挑戦する必要もない。
「あなたが助けてくれたから、私はなんの被害も受けていません。
それに……さっきの雷は、たぶん私のせいだと思いますし」
殴ったところはあたり所が悪かっただけ。
こちらはさすがに同情できない。
嫌な思いをさせられて、自業自得だとも思う。
でも魔力による雷は違う。
これは明らかに原因は自身にある。
本来はが受けるだろう報復を、マグナや黒髪の男が受けたのだ。
それに関しては責任を持って、治療したい。
「それから、私は召喚師と言っても、見習いです。
まだそんなに強い存在は呼べません」
治療を終えた精霊が、まるで「誉めて誉めて」とでも言うように、手を振りながらの目の前に浮かぶ。
はふんわりと微笑んでからお礼を言い、精霊を送還した。
「助けてくれて、ありがとうございました。
本当に困っていたんです」
「どこか、怪我とかしていませんか?」っと首を傾げて聞いてくる少女に、リューグはますます不愉快になる。
気を失ったままの男を見下ろすが、火傷の跡はもうない。
サービスのいい召喚獣だったのか、少女の腕がいいのか……木の棒をぶつけられて切れていた顔の傷も治されていた。
(……これで見習いかよ)
目の前で首を傾げている少女には、人を傷つける力がある。
同時に、それを癒す力も持っていた。
(自分で治療できるやつが、『聖女の奇跡』なんて頼ってくるなよ)
『聖女』は1人しかいない。
噂が広がり人が増え、『聖女』の休める時間は少ないというのに。
自分で治す力のある者まで、『聖女』を頼ってくるとは何事か。
これ以上、この少女と一緒にはいたくなかった。
「おまえみたいなのが一人でうろちょろしてれば、
『かどわかして下さい』って言ってる様なもんだろ。連れはいないのか?」
揉め事をおさめるためとはいえ、やりすぎだ。と後で兄と口論になるのはわかっていたが。
それでも目の前の少女に事情を説明させようとは思わない。
連れがいるのならば、さっさと合流させて離れたい。
「あ、はい。私の御主人様は村の入り口で、宿を取って来るのを待っています」
(ご主人様……?)
リューグにとっては召喚師すら珍しい。
当然のように『護衛獣』という概念はない。
素直に『目の前の少女が仕える主』と受け取った。
目の前の、美少女の。
「……………………宿、見つかったのかよ?」
先ほどの酔っ払いとのやり取りで、一応の答えは知っていたが。
宿屋がダメでも、村に知り合いでもいれば、宿は借りられる。
そこまで連れていけば、とりあえずお役御免。
不愉快な少女から離れられる。
「それが……今は『聖女の奇跡』とやらで人がいっぱいで、
宿屋も臨時の宿泊施設もいっぱいみたいで……」
「……は?」
思わず聞き返したリューグに、少女は瞬く。
何か変なことを言いましたか? と首を傾げる少女に、リューグは自分の思い違いに気がついた。
「おまえも『聖女の奇跡』が目当ての旅人かと思ったら……違うのか?」
とくに名産品があるわけでも、観光になるものがあるわけでもない村に、わざわざ旅人が来ることはない。
てっきり『聖女の奇跡』を目当てに訪れた旅人かと思ったが――――――どうやら違うらしい。
リューグの問いに、少女は少しだけ恥ずかしそうに答えた。
「違いますよ。ゼラムに行くはずが、道を間違えて……この村についたんです。
今から道を引き返しても夕方までには着けそうになかったから、
宿を探していたんですが――――――」
「どこもいっぱいだった、と」
「はい」
しゅんっとうなだれる少女に、リューグはどうしたものかと思案した。
当てはある。
が、目の前の少女はともかく、その主人とやらが良い人間かはわかならい。
何しろ、年頃の娘―――それもとびきりの美少女―――に『ご主人様』などと呼ばせているような人物だ。
怪しいこと、この上ない。
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