「……ほらよ」

「いっつつ……」

 一瞬の出来事に、は瞬く。
 自警団として身体を鍛えてはいるだろうが、2人同時に殴りかかられては、たまったものではない。
 はそう思って少年の身を心配したのだが……その必要はなかった。

「んで、まだやんのか?」

 1人目の突撃を避け、殴りかかってきた2人目の腕を掴んで捻りあげた。
 数に任せて殴りかかってきたくせに、まったく手応えのなかった相手。
 少年はいささか退屈そうに眉を寄せている。

(すごい。それに……)

 手際のよさに感心し、それから視線を少年の腰に落とした。

(斧、使わないんだ……)

 少年の腰に下げられた斧。
 酔っ払いを諌めるために、武器を使うのは少々やりすぎな気がするが。『抑止力』として、斧という殺生力のある武器は十分だったろう。

 理性の働かない酔っ払い相手に、それも自分より数の多い相手に、素手で十分だと判断した少年。
 ただの無鉄砲なのか、勇気があるのか。
 酔っ払い2人を相手に、少年はまったくひるまなかった。

 仲間を抑えられて少年と睨み合う黒髪の男を見て、は思い出す。

 自分に話しかけてきた酔っ払いは――――――






 捻りあげた相手を盾に、もう1人と向きあいながらリューグは別のことを考えていた。

(さて、どうすっかな。
 気絶させんのは簡単なんだけど、またクソ兄貴がうるせぇんだろうな……)

 『自警団』として、揉め事を起こす者を取り締まることは、問題ない。
 むしろ、それが最近の仕事だ。
 が、リューグの場合……その『過程』において、自警団長を務める兄としばしば口論になっていた。

 リューグとしては、1人しかいない『聖女』の負担を少しでも減らせるよう、問題を起こすような輩は即村から追い出したいのだが。

 兄曰く、問題を起こす者であっても、『お客様』。

 『聖女の奇跡』を頼って村を訪れる以上、無碍にはできないというのだ。
 これには納得がいかない。
 怪我や病気を治してくれ、と『聖女』を頼ってあつまる余所者が、村人に怪我をさせてしまうこともあるのだから。そんな迷惑な余所者のために、『聖女』個人の自由が奪われているのは――――――兄として、弟として、家族として許せない。

(ま、事情は絡まれてたやつに――――――)

 説明させればいいか、と視線をずらして自分の後ろにいた少女……酔っ払いをかわした時に移動した、先ほどまで自分の立っていた場所を見る。
 が、少女の姿は見えない。

(……いねぇ。さっさと逃げたか。
 ったく、誰のせいでこんな面倒なことになってると思ってんだ)

 助けに入ったのはたしかに自警団の仕事。
 絡まれていた少女のため、というよりは……騒ぎが大きくなって、村人が巻きこまれるのを避けたかった。
 それが本音だ。
 別に助けた礼が聞きたい、とは思ってはいなかったが――――――

 さすがに、これ幸いとばかりに逃げ出した少女には腹が立った。

 腹が立ったが……こんなもんか、とどこかで気持ちが冷めている。
 酔っ払いに絡まれていて困っていたようだったから助けに入ったが、あの少女もまた旅人だった。
 面倒事を変わってくれる人物、それも『それを仕事にしている』自警団が助けに入ったのだ。
 さっさと逃げ出すのが懸命だろう。

――――――ふっと、睨み合った黒髪の男が笑った。

 自分より細く、まだ年若い少年に仲間を抑えられ、先ほどまで憎々しげにリューグを睨んでいた黒髪の男。
 その表情の変化と背中に感じた気配に、リューグは自分の間違いを悟る。

(しまったっ? もう1人――――――)

 リューグが振りかえるよりも早く、この場においては少々間の抜けた声が聞こえた。