「う〜ん、どう見ても……」

 マグナが地図に目を落とし、頭を掻く。

「……道、間違えちゃいました?」

 遠慮がちに声をかけるのは

「でも、ちゃんと道しるべどおりに来たはずなんだけど……一本道だったよな?」

 確認をするように視線を落とせば、疲れたのかマグナの足元にしゃがんでいるハサハが、顔だけを向けて頷いた。
 「おかしいなぁ」っと呟いて、マグナはもう一度周りを見渡す。

 四方を森と獣避けの柵に囲まれた、小さな村の入り口。
 のどかな陽光に誘われたのか、森に囲まれた村の雰囲気がそうさせるのか。1人だけで立っている見張りは船をこいでいるらしい。時々倒れそうになって、慌てて姿勢を正す。
 次ぎに入り口から伸びる道筋を辿り、村の中に視線を移せば……村の中央。ちょうど広場になっているところに列をなす人。軽い装備をまとった人物がチラホラと見えるのは、たぶん誘導役。

 奇妙な光景に、マグナは首を傾げた。

 どうもおかしい。
 森に囲まれた村は、緑豊かではあっても、戸数が少ない。大小数えて、せいぜいが30戸といった所か。
 そんな規模の小さな村なのにも関わらず、広場にいる人間は百を超えている。
 誘導役の装備品を見れば、村の自警団か何かだろうことはわかるが、並んでいる者達は……どう見ても村人には見えない。剣を携えた冒険者、外套を纏った旅人、何人かの警護をつれた金持ちに、旅装束のまま子供を抱いた若い夫婦、と様々な人種が一つの列に並んでいた。

 ぐるりとあたりを見渡して、マグナが出した結論は2つ。
 緑に囲まれた雰囲気の良い村ではある。
 が、同時に奇妙な村でもあった。

「ここじゃないですか?
 この隅に小さくある……『レルム』って村」

 地図を覗きこみ、が王都から少し外れた場所を示す。

「どれどれ?」

 マグナは促されるままに地図に目を落とし、の指を追う。
 そこにはの指先に隠れてしまいそうな小さな文字で、『レルム』と確かに記されていた。

「……曲がり道を、1本間違えたんだ」

「ちょうど、さっきの道しるべのあたりですね」

 『レルム』とかかれた印からのびる細い道筋をが指でなぞり、ファナンからゼラムへと伸びる太い道に合流する。

「どうしますか?
 今から引き返しても……今日中にはつけないと思いますけど」

「うーん、どうするかなぁ」

 マグナは腕を組み、しばし思案する。
 それから、そのままの姿勢で黒髪の少女を見た。

 彼女の方からは決して「疲れた」と言わないが、自分と同じ距離を歩いてきた
 彼女より体力のある自分が、すぐに引き返すのを躊躇うほど疲れているのだ。本当は今すぐにでも、座りこみたいのかもしれない。

 比べてハサハ。
 と比べてかなり幼いハサハは、体力がない分疲れるのも早い。
 途中何度かマグナが背負い、その間に休憩を取れたとはいえ……さすがに今日は限界だろう。村の入り口に着いて早々……マグナの足元にしゃがみこんでいる。

 すぐに引き返しても、王都につくのは夜中――――――休憩を入れれば早朝といった所か。
 トリスには早く会いたいが、少女2人を連れて夜道の強行軍は危険。
 大勢での旅であれば、ある程度の夜道も安心だが……たった3人の旅路。疲れた身体で野党にでも襲われたら……正直2人を守れる自信はなかった。

「今日はこの村に泊まろう」

 マグナの出した結論に、ハサハは嬉しそうにうなづき、は小さく息を漏らす。
 口にこそ出さないが、やはりも相当疲れているみたいだと気がついて、マグナ再び村を見渡した。

 早く休める場所を見つけたい。

 相手は女の子なのだから、地面に直接は座り難いのだろう。
 しゃがんでいるハサハはお尻を地面につけてはいないし、にいたってはマグナに付き合って立ったままの姿勢である。

 とりあえず、腰を下ろせる場所だけでもかまわない。

「それにしても、……すごい人だなぁ」

 が地図をカバンにしまいながら、マグナと同じように村を見渡す。
 それから首を傾げる。

「観光になる物なんて、なかったと思いますけど……」

 はリィンバウムのことを学ぶ時に、デグレアのことだけではなく聖王国の歴史も多く学んだ。特に、出立の前にはレイムの勧めで地図や観光地の資料にも目を通している。有名な観光地であれば、の記憶に残っていないはずはない。

 たった今名前を知ったぐらいの小さな村。

 多くの資料の中に、『レルム』という名前を見た覚えはない。

 しかし、マグナは別のことが気になっているようだった。
 眉を寄せて、口をへの字に曲げている。

「あれだけの旅人に対して、村自体の戸数は少ない。
 ……宿、とれるかな……」

 それ以前に、元々小さな田舎の村。
 『宿屋』という商売自体あるのか怪しい。

「う〜、人だらけ」

 見ているだけで人ごみに酔ったのか、マグナがうんざりと呟く。

 生まれは聖王国とはいえ、育ったのは雪国デグレア。
 市場に出向けばそれなりに賑わってはいたが、基本的に雪に閉ざされたあの街は寒い。
 祭りなどの行事でもなければ、街の住人達が仕事に行く以外で温かい家から出てくることは稀である。
 当然、人ごみというものに慣れる機会というものも少ない。

「それじゃあ、私が探してきますから、ご主人様は少し休んでいてください」

「え、でも……」

 疲れているのは皆同じ。
 1人に負担をかけるのは気が引ける。

「ハサハちゃん、疲れて動きたくないみたいだし」

 足元に視線を向けるに、マグナもハサハを見下ろす。
 自分の名前がでてきているようなのでと、顔をあげたハサハとマグナの目が合った。
 きゅっとマグナの袖口を掴み、もう片方の手で眠たげに目をこすっている。

 眠りに落ちる1歩手前といった所か。

「だったら、俺がいくから。こそハサハと休んでていいよ」

「ハサハちゃん、ご主人様の側を離れませんから」

 そっと袖口を掴むハサハの手をほどこうとしているマグナに、は苦笑した。

 ハサハはとにかく――――――マグナの側を離れたがらない。
 常に袖口、もしくは服の裾を掴んでくっついている。
 最初こそマグナのベッドに入るハサハを止めはしたが、も諦めた。無邪気な笑顔で「おねえちゃんも一緒に寝よう」などと言われた日には、無条件降伏するしかない。離れるのはせいぜい……お風呂の時か、マグナがトイレに入っている時ぐらい。それも、必ず出口にじっと座って待っている。

 そんなハサハが、疲れたからといってマグナの側を離れるはずはなく。
 今も眠そうに目をこすりながら、マグナの袖口を掴んだまま立ちあがった。

 明らかに無理をしているのが判るハサハに、マグナとは顔を見合わせる。

 一番体力の無い、休ませたい存在が、マグナの側を離れたくないと無理を圧して立ちあがっているのだ。
 これでは、マグナがハサハと残る他に、ハサハを先に休ませることはできない。
 
「でもなぁ……」

 ハサハとを見比べて、空を仰ぐ。
 少女2人を休ませてやりたいのに、自分が動くとなるとそれは叶わない。
 ハサハはついてくると立ちあがるし、きっともマグナが働いている間に自分が休む、ということは受け入れない。
 となると―――――――っと、もう一つの解決法に気がついた。

「俺も一緒にいくよ。ハサハなら俺が背負うから」

 これならハサハを休ませつつ、1人に負担をかけずにすむ。
 我ながら名案だ、と笑いながらハサハを背負うために膝をつこうとするマグナに、が食い下がった。

「1人で大丈夫ですよ?」

「いや、でも……」

「……少しぐらい、お役に立たせてください」

 じっと濃い茶色の瞳に見つめられて、マグナはぎくりと背筋を伸ばす。
 思えば、初対面の時からの『コレ』には勝てなかった。
 言葉が少なくなり、変わりにじっと相手の目を見つめてくる。
 怖いわけではないが、妙に逆らえない。
 そういえば……養父やルヴァイドも『コレ』には弱かったはずだ。

 必死になっている時に見せる、の表情。

 なよやかで儚く、吹く風にも耐えれなさそうに見えるくせに、変に強情で我慢ばかりする。多少の無茶も、それを補えるだけの召喚術という術を身につけさせてしまったので……性質が悪い。倒れる直前まで無理をして働く様は、逆に怖くもある。

 今回の事だって、は「少しぐらい」といった。
 普段役に立っているという自覚はないのだろうか。
 に自覚はなくとも、マグナは随分助けられているのだが。

 確かに、これまでの旅路。野党に襲われてはマグナが撃退し、ハサハも召喚術で頑張っていた。
 が、は実践は初めてで、多少のミスもあった。うっかり足をひっぱることもあった。
 でもそれは、が召喚術や武器を扱うことに慣れていないからであって、普通に生活をするのなら、慣れる必要はない。戦争のない国に暮らしてたというの17年間を思えば、当然のことと言える。
 気にする必要はないと、散々言ってはいるのだが――――――やはりそうはいかないらしい。

『これぐらいなら1人でもできます』と必死に訴えてくる瞳に、マグナは結局負けた。

 なによりも、ここは村という『集落』の中。
 1人で行動をしても、そうそう危険な目にはあわないだろう。

「それじゃあ……その辺で待っているよ」

「はいっ!」

 マグナの了承に、が顔をほころばせる。
 ただでさえ役に立てる機会は少ないのだ。

 機会があるのならば、積極的に挑みたい。

 せめてこれぐらいは……と、マグナがの荷物を預かり、空いた手でハサハが背負っている小さな荷物を持つ。

「ハサハ、もう少し歩けるか?」っと目線を合わせるマグナに、ハサハはこくりと頷いた。



 村の入り口を少し離れ、森の方へと歩いていく2人を見送って。
 は村の中に向かって歩き始めた。