柔らかく、優しい旋律を、口ずさむ。
 タイトルは知らない。
 聞き覚えただけの旋律。
 ふんわりと暖かな気持ちがわいてくる歌詞は……きっと『子守歌』。

 は歌うことが好きだった。

 人前では恥ずかしくて歌えないが、誰もいない場所でなら、こっそり声を出して歌いたい。
 幸いなことに、が館と城との近道に使っている裏庭には、あまり人は来ない。上手いとも下手とも言わない、関心すらないであろう機械兵士の存在は気を楽にしてくれたし、人の言葉を話さない猫も同様。『観客』とは言えない。

 だからこそ、のびのびと歌うことができた。

 はゼルフィルドの肩に乗った猫を、抱き上げる。
 そのまま移動しようとすると、他の猫がの足に擦り寄ってきた。踏んでしまわないように気をつけてながら、少し離れた場所に猫を下ろす。
 がその作業を3回繰り返すと、ゼルフィルドの肩にのった猫はすべていなくなった。肩が解放されたゼルフィルドは、そんなはずはないのだか、まるで肩が凝った、とでも言いたそうに腕を回す。
 時々見せるゼルフィルドの機械らしからぬ仕草に、はこっそりと微笑み、腕に抱いた最後の猫を下ろした。
 同時に歌も終わる。

 ――――――っと拍手が聞こえた。

 誰にも聞かれていないと思って安心していたのだが……気付かないうちに、誰かが近くに来ていたらしい。
 が慌てて拍手の聞こえた方向に顔を向ければ、金髪の青年が立っていた。

「イオスさん……いつからそこに?」

 ほんのりと頬を染め、目を丸くして驚くが微笑ましく、イオスは少しだけ意地悪をしたくなる。

「そんなでもないよ。
 キミが最初の猫を抱き上げたころから、かな?」

「つまり、最初からいたんですね」

 誰もいないものと思い、好きに歌っていただけに、恥ずかしい。
 しかも、しっかり最初から聞かれていたとなると、なおさら。
 は上気した頬を冷ますように、冷たい手で頬を包み、こっそりと覗いていたらしいイオスを恨みがましく睨んだ。睨まれているイオスはどこ吹く風、といったところか。軽くの視線を受け流している。

「『名も無き世界』の歌?
 できればもう2・3曲リクエストしたいんだけど」

 聞きなれない旋律ではあったが、の声は綺麗で、歌の雰囲気も良かった。
 恥ずかしがる顔が可愛くて、つい意地悪をしたくなったのも本当だったが。
 でもそれ以上に、純粋にその歌声に惹かれた。

「……恥ずかしいから、いやです」

「恥ずかしい?」

「その……」

「下手だし」っと少し目をそらしては答えた。
 その以外な言葉に、イオスは瞬く。
 一曲聞いただけであったし、元の歌を知らないが。の歌を『下手』と言う者があれば、そいつの耳はおかしいと言いきる自信はある。
 少なくとも、イオスは気に入った。

「キミが下手だって言うなら、それで稼いでる人間はみんな廃業だよ。
 もっと聞きたいと思ったぐらいだし」

 珍しいイオスの賛辞に、は居心地が悪そうに目を泳がせる。
 はあまり誉められたことがない。ゆえに免疫がなく、誉められているのだから素直に喜べばいいのだが、気恥ずかしく、それができない。
 結果、その空気から早く抜け出したくて、他の話題はないかとゼルフィルドに視線を移す。
 その見て取れる話題のそらし方に、イオスはルヴァイドの言葉の意味を悟った。

 『気付かれぬように』というのは、人がいると判ればが歌うのをやめてしまうからだ。

 話題を変えたいと、救いを求めるの視線にゼルフィルドは気がついた。
 が、そこは機械兵士。
 妙に人間じみて見えることがあっても、そこまでは気が回らない。
 極自然に――――――がそらしたがっている会話を引き継いだ。

ノ歌声ハ、我ガ将モ好ム。
 スデニ録音済ミダ」

「…………だってさ」

「な……なんでルヴァイドさんが知ってるんですか――――――っ!?」

 できるだけ人のいない場所と時間を選んで、こっそりと歌っていたのだが。
 いったい……いつ聞かれたのか。
 今日のイオスといい、まったく気がつかなかった。
 そして、気がつかなかっただけに恥ずかしい。

 はぐっと手を握り締め、事の真意を問いただそうとゼルフィルドに詰め寄る。

「裏庭デ充電ヲスルヨウニト、将カラ指令ガ出テイル」

 考えてみれば、確かにおかしい。

 裏庭とは言え、ここは城だ。
 見まわりの兵士ぐらいしか通りかからないなど、普通ならありえない。
 それに、城の影になる裏庭よりも、片隅であっても、中庭や城門あたりの方が日当たり――――――ゼルフィルドの充電には向いているはずだった。

 偶然にの歌声を聞いたことのあるルヴァイド。

 マグナ経由に『人がいると歌わない』との情報を得て、ゼルフィルドを裏庭に向かわせた。
 戦闘用に作られた機械兵士に、好んで近付くものはいない。
 その結果として、あまり人の通らない裏庭のできあがりである。

 人目がないとすっかり安心し、歌などには興味ないだろう、と機械兵士の前で歌ったものはすでに録音済み。録音したということは……ソレはルヴァイドの耳にも入るということだろう。

 穴があったら入りたい。

 の今の気分は、まさにソレだった。

「うぅ〜っ」

 は恥ずかしいやら、悔しいやら。
 目の前に立つ2人を交互に見比べ、それから赤くそまった顔を隠すように俯いた。