軽いノックのあとに、扉が開いた。
 馴染みのある気配に、来訪者が誰であるかはわかる。相手が誰であるのかわかるからこそ……ルヴァイドは顔を上げることなく、手にした書類の文字を追った。

「この時間ならば、裏庭だろう」

 扉を開いたものの、イオスが中に入ってくる気配はない。
 ということは、部屋の主に用があるわけではないのだろう。

 この時間、毎日のように部屋を訪れるものは2人。

 マグナとは午後一番、共にルヴァイドの執務室に顔を出す。
 マグナは旅団員に混ざって稽古をするため。
 は弓を扱う旅団員を借り、弓術を教わるために。
 軍人ではない2人は形式的にだが、旅団の総指揮官であるルヴァイドの許可を取りに来る。

 そのタイミングを狙っての、イオスの来訪だろう。
 残念ながら、少しばかり早かったが。

「あの娘を探しているのではないのか?」

 総指揮官であるルヴァイドはもとより、黒の旅団に所属するイオスも聖王国への軍事侵攻に伴い、しばらく国を離れることになる。
 その前に、あの娘――――――に逢っておきたかったのだろう。

 イオスは妙に、を気にかけている節がある。

 なかなか返事がないことを不審に思い、ルヴァイドが顔を上げると、なんともバツの悪そうな顔をしたイオスと目が合った。

 返事ができないのは図星だったからか、とルヴァイドは内心で苦笑する。

 イオスとには、基本的に接点がない。
 槍術の師として毎日会っていた時期もあるが……が弓を始めたことにより、2人の接点はまったくといって良いほどなくなった。
 もそうだが、イオスの生真面目さもそれに劣らない。
 何か用事がなければ逢いに行ってはいけないとでも思っているのか、互いに相手に近付かない傾向にある。
 加えて、イオスは顧問召喚師の養子であるマグナを、あまり快く思っていない。
 移動中は常にマグナとともにいる彼女に、イオスが気安く話しかけるはずもなかった。

「理由など、なんでもいいのではないか?
 出立前にあっておくのもいいだろう。しばらくは逢えないのだからな」

 意を決してノックしたものの、部屋の中には目当ての少女はいない。
 何か理由をつけて部屋を訪れたはずだったが……すっかり出鼻をくじかれた形になり、それもどこかへ飛んでいった。上司に間抜けな姿を晒しつつ、ついでに図星までさされては――――――もう降参するしかない。

「裏庭、ですね。失礼します」

 なんとも情けない顔をしているだろう自分を少しだけ恥じ、イオスは逃げるように背中を向ける。
 その背中に。

「気付かれぬようにな」

 と、ルヴァイドから言葉が足された。

 意味がわからずイオスが振りかえると、苦笑を浮かべたルヴァイドが『早く行け』とばかりに軽く手を振る。
 どこか楽しそうに細められた目は、『行けばわかる』とでも言っているようだった。