「おねえちゃんも、いらない子、なの?」

 移動の間にひとしきり自己紹介と、デグレアについて、の持っている知識の全てを説明し終えたあと。
 開口一番、ハサハがそう言った。

 一瞬なにを問われたのか理解できず、は瞬き……それからハサハに視線を落とす。
 彼女ははたして……今自分の言った言葉の意味を、わかっているのだろうか。
 ハサハはきょとんっと無邪気な仕草で、を見上げている。

 赤いハサハの瞳。

 それに惹かれるように、はハサハの言葉を反芻した。

 マグナにとっての自分の価値。
 護衛獣とは名ばかりで、自分の身も満足に守れず、召喚術もまだ一度も成功させていない。
 訓練なしでもできる、朝起こしに行く、洗濯物の回収などの身の回りの世話も、マグナにはやんわりと断られてしまった。
 それならば、マグナの養父であるレイムの世話を――――――とも思ったが。あの養父は、本当に生活を営んでいるのかも怪しい。起床の遅いマグナとは時間があわないらしく、一緒に食事をとらないし、洗濯物も他のメイドがやるのか一度も見かけたことがない。朝などはメイドよりも早く起きて出仕し、夜はマグナとに召喚術を教えてから眠るという生活。
 言うなれば、手の出しようがない。

 これでは、『いらない子』決定だろう。

 それからさらに記憶を遡る。
 召喚される前の世界での生活。
 あの場を離れ、客観的に見れるようになれば些細な事だが、あちらの世界では虐めにあっていた。
 弟はそうでもなかったが、両親にも疎まれている気がずっとしていた。
 今だって、自分が行方不明になってしまって……心配してくれているかな? とは素直に思えない。

 そういえば、リィンバウムに召喚される前は、毎日のように『逃げ出したい』と願っていたような気もする。
 己の内にこもって――――――そのくせ、自分の足で逃げ出す勇気はなかったが。
 『逃げ出したい』といよりは、ここではない世界に『つれていって』という後ろ向きな思いだった気もする。

 暗い方向に進む、の思考。
 それをハサハが拾いあげた。

「ハサハはね、いらない子、だったの。
 兄弟の中で、一番弱いの。だから、変化もまだまだ」

 ね? っと頭のてっぺんから生えている、白い三角の狐耳をひぱる。

「いつか、召喚されるかも、しれないから、
 お母さん、早くいちにんまえになって、っていつも心配」

 リィンバウムに隣り合うように存在する4つの世界に住む住人達は、『召喚術』という強制的な力によって、いつリィンバウムに呼び出されるかわからない。
 『召喚術』の用途は色々だが……戦闘もその一つ。
 護衛獣として召喚主の側に常に置かれるものから、それぞれの剣技や術法を行使してすぐに送還されるものまで。
 後者ならばいいが……前者は契約を解除されるまで送還はされない。
 もしも召喚主が戦闘で命を落とすようなことがあれば、2度と故郷に帰ることは叶わない。
 それを思えば……幼い子供とは言え、早く己の身を守れるようにはなってほしい。
 呼ばれた先で、知らず帰らぬ人にはなってほしくない。
 できるだけ早くお役目を終えて、無事な姿を見せてほしい。
 そういう母心だろう。

「ハサハ、弱くて、術も下手。
 だから、おにいちゃんの役にはたてないよ、って言ったの。
 そしたらね……」

 ほんのりと頬を染めて、ハサハが嬉しそうに微笑む。

「そしたら、おにいちゃん……ハサハのこと、『必要な子』だって。
 必要だったから、呼んだんだよって、頭撫でてくれた」

 きゅっと、の手を握っているハサハの手に、力が込められる。

「おうちでは、いらない子だったけど、
 おにいちゃんは、必要な子って、いってくれた。
 だから、おねえちゃんも、おにいちゃんの『必要な子』だよね」

 召喚される前はどうあれ、今はマグナという召喚主に『必要』とされた存在であると。
 ハサハはそう言いたいらしい。

「ハサハ、まだまだ半人前。
 だけど、おねえちゃんと一緒なら、おにいちゃんの護衛獣、ちゃんとできるよね?」

 すくなくとも、ハサハにとっては、大事な相棒。
 一緒に頑張ろう、っと小さな妖狐は言ってくれていた。






 目の前の小さな少女の一言で浮上する自分の気持ちに、我ながら単純だなっと思いながら。
 は腰をおとし、『召喚獣』と呼ばれる存在に一度聞いて見たかったことを聞いてみることにした。

「……突然召喚されて、怖くなかった?
 知らない場所に、突然呼ばれて」

 自分は怖かった。
 知らないところに、理不尽な力で呼び出され。
 その召喚すらも、実は事故でした、などと言われて。
 混乱して、泣いてしまったことを覚えている。
 なのに、目の前の小さな少女に、泣いたような形跡は見えない。

 に見つめられ、ハサハはきょとんと瞬いた。
 胸に手を当てて、小首を傾げる。

「怖かった、よ。
 でも、もっと……『必要』って言ってくれた方が、もっと嬉しかった」

 にっこりと微笑むハサハに、は『そんな考え方あるのか』と感心し、それから『召喚獣』と呼ばれる者と話をしたこと事態、初めてだと気付いた。

 それから、『もっと話したい』とも思う。






  

 後書きの類似品。

 書けば書くほど長くなってくるのは何故でしょうか(またかい)
 そろそろたちの出発準備は終わる予定……。
 うん、予定。(笑) 00話が終わったら、トリス側のSS書いてみたいなぁって思うあたり、先は長そうです(苦笑)
 なんだか……ますますレイムさんが親馬鹿になりつつあるような……このまま親馬鹿で突き進むのか、それもまた一興って気がしてくる今日このごろ(笑)

 段々文章が読みにくく…うーん、精進せねば。

 微妙に予告?

イオス「この傷は、僕にとって勲章のようなものだから」

(2004.03.02UP)
(2008.02.11 加筆修正)