誰かの呼ぶ声が聞こえた。
 そのあと、突然赤い光に包まれたのを覚えている。
 引き寄せられる! そう感じた時には、もう景色は歪んでいた。

 一瞬の浮遊感。

 光が収まった時には、あたりは一変していた。
 住み慣れた山ではない。
 古い書物がうずたかく積まれた、薄暗い部屋。

「養父さん、成功したよ! これで文句ないよな?」

 真正面に立つ、背中の主の声が聞こえる。
 その声は、赤い光に包まれる前に聞こえたものと同じ。
 声の主の視線を追うように奥を覗いたら、銀色の月に似た髪が見え――――――

 無意識に、足が後ろへと動いた。

 本能的に隠れる場所を探すが……広い部屋の真中に呼び出されたらしく、一番近くの本棚でも、幼い少女には結構な距離がある。
 それでも本棚に――――――何かの影に隠れたかった。
 見知らぬ人間達の動きを見逃すまいとじっと見つめ、気付かれぬように細心の注意を払って忍び足で横に移動する。
 と、銀色の髪の男がこちらに視線を向けた。

 髪と同じ銀色の瞳。

 こちらを探るように細められた瞳と目が合って、ぎくりと背筋を伸ばす。
 早く 物陰に逃げ込もうとしていた足が、床に縫い付けられたように動かなくなってしまった。

「ええ、合格ですよ」

 幼い少女から視線を背中の主に戻し、銀色の髪の男が微笑む。
 その微笑みに……少女の中の恐怖は消えた。
 見覚えのある微笑み。
 それはいつも父親が自分に向けてくれるものと同質。
 穏やかで優しい、ぬくもりすら感じる――――――父親の顔。

「やったっ!」

 パチンっと指を鳴らして、背中の主が振り返った。
 ニコニコと笑う顔はまるで太陽のようで。
 少女もつられて微笑みを浮かべる。

「俺はマグナ。キミの名前を教えてくれるかな?」

 目線を合わせるように腰を落としたマグナに、少女は自分が召喚された事を思い出した。
 そしてマグナに申し訳なくなり、眉を寄せる。

「……ごめんなさい」

 小さな声でやっと答えた少女に、マグナは首を傾げる。

「ハサハは、いらない子だから……兄弟の中で、一番弱いから
 ……おにいちゃんの、お役にはたてないの」

 ハサハは、しゅんっと顔を伏せる。
 『いらない子』という言葉に驚いたのか、マグナは目を丸くした。それからすぐに微笑んで、ハサハの頭に手を置く。
 驚いたハサハが顔をあげた。
 ハサハの赤い目と、マグナの目が合う。

「キミは『ハサハ』っていうのか。
 じゃあさ、ハサハ。ハサハは――――――