「お〜い、!」

 ルヴァイドの部屋を出てイオスと別れた後、弓術の訓練場に向かう廊下で。
 にとっては召喚主にあたる、マグナに呼びとめられた。

「ご主人様?」

 少し先の曲がり角から、こちらに手を振っているマグナが見える。
 いつもならが近付く前に、マグナのほうから走りよってくるのだが……今日はそれがない。
 少しだけ不思議に思って首を傾げつつ、はマグナのいる角に向けて歩き出す。

 にこにこと笑って、が近付いてくるのを待っているマグナ。
 その笑顔に、は思い出す。
 朝はそのことでかなり落ちこんでいたはずだったのだが――――――ルヴァイドのおかげですっかり忘れていた。

 今朝早くからレイム監督の元、マグナは再び護衛獣召喚に挑んだはず。そのはずなのに……マグナの後ろにも、横にも、それらしい姿は見えない。

 不謹慎ながらも、また失敗かな? っと思考が行きついてた所で、マグナの目の前には到着した。

「あの……今日はたしか、改めて護衛獣を召喚するって言ってましたよね?」

 曲がり角に隠れているのか、とも思ったが、やはりそれらしい姿は見えない。
 疑問をそのまま顔にだし、首を傾げるに、マグナはますます上機嫌といったところだろうか。眩しい笑顔を、さらに輝かせた。

「ばっちり。成功したよ」

 にっと口の端を上げて、マグナは得意げに親指を立てる。

「ほら、出ておいで。ちゃんと挨拶できるよな?」

 マグナが振りかえり、視線を落とす。
 もつられて視線をマグナの後ろ、それも腰のあたりに落とすと――――――ぴょこりっと白い三角の耳が覗いていた。

(……耳? それも……動物の)

 マグナが一番得意にしているのは鬼妖界シルターンに通じた召喚術。実際に自身が召喚された時も、使われていたのは赤いサモナイト石だった。
 それなのに召喚された護衛獣は獣の耳を持っている。
 幻獣界メイトルパから召喚されたのだろうか。
 人と妖怪の住むシルターンには、シノビやサムライといった職種があると聞いて、少しだけ楽しみにもしていたのだが……どうも違うらしい。

 がじっと見つめる中で、ぴこぴことあたりを探るように耳が動き、それから耳の主がマグナの後ろから顔を覗かせた。
 頭のてっぺんから耳が生えているから、人間と同じように数えるかはわからない。が、人間でいうのなら10歳に届くか、もう少し下。外に向かってはねた黒いおかっぱ頭に、赤い目の可愛らしい顔つきの少女。良く見ると人間と同じ位置にも耳がついている。

 つまるところ――――――人間に化けようとして、失敗したのだろうか。

 少女は一瞬だけと目を合わせ、すぐにマグナの背中に隠れてしまった。
 きゅっとマグナの裾を掴み、背中に顔を押し付けて……隠れているつもりらしい。
 頭は隠せても、可愛い白いしっぽがしっかりと覗いている。

「こんにちは。私は。お名前教えてくれるかな?」

 は少女の目線に合わせるように腰を落とし、しばし待つ。
 呼びかけられた少女がもう一度顔を出し、目が合うと、は微笑んだ。

「…………ハサハ」

 ぽつりと名乗り、またマグナの背中に隠れる少女。
 それからちょっと間を置いて、また顔を覗かせる。
 目が合うと再び顔を隠し、すぐにまた顔を覗かせて見つめてくる。
 それを数回繰り返してから、やっと決心がついたのか、今度は隠れずにハサハはに小さく微笑んだ。

「ハサハちゃん、でいいかな?」

 こくり――――――っとハサハが頷く。

 小さな女の子の可愛らしい反応に、自然にマグナとの顔がほころんだ。






「まったく……」

 不意に聞こえた声に、が顔をあげる。
 さっきまでは確かにいなかったのだが……考えてみれば、今日は朝からマグナと一緒にいたはずだ。彼が遅れて現れても、不思議はない。

 苦笑を浮かべたマグナの養父、レイムがそこに立っていた。

「姿の可愛らしいものばかり召喚して……」

 レイムは柔らかい光を持つ銀色の瞳を細め、とハサハを見比べる。
 マグナに召喚された2人の少女はきょとんと瞬き、その反応が楽しいのだろう。レイムの苦笑が微笑みに変わった。

「一人前に、色気づきましたか?」

 レイムは最後にゆっくりとマグナに目を向け、盛大にため息をつく。
 いつになくわざとらしいその態度に、口には出されない意味に気付いたマグナが、少しだけ頬を赤らめた。そのままムゥッと頬を膨らませ、養父を睨む。

「たまたまだよ、たまたま。
 たまたまとハサハが可愛かっただけっ!」

 マグナはぐっと手を握り締めて、養父の発言を否定するような、肯定するような妙な発言を返す。――――――己の墓穴には、気がついてはいない。
 『可愛い』と大声で言われてハサハは瞬き、はあまり言われた事のない賛辞に、咄嗟に意味がつかめずに呆けた。

「まあ……確かに。
 姿に似合わず、強い力を持っているようですが……」

 いまだに意味を掴めずに瞬いているハサハの頭に手をのせ、幼い頃のマグナにそうしたように、レイムは優しく頭を撫でた。
 撫でられてハサハも気持ちが良いのか、目を細めてレイムの手元を見つめている。

「え? そうなの?」

 どうみても戦闘には不向きに見える、可愛らしい妖狐の少女。ハサハにそんな力があったのか、とマグナが瞬く。
 素で驚いているらしいマグナに、レイムはハサハを撫でていない方の手で軽く小突く。

「気付いていなかったのですか?」

 呆れながらも微笑むレイムと、頭を撫でられてうっとりとしているハサハ。
 実際にはそんなに痛くはないだろうに、大げさに小突かれた頭をさするマグナ。
 端から見ると、仲の良い家族に見えて――――――は少しだけ、疎外感を覚えた。

「それではさん。
 私はまだ、マグナに話しておかなければならない事がありますので
 ……この子をお願いできますか?」

「あ、はい」

 マグナの服の裾をしっかりと握った手を解かれて、ハサハが不安そうに眉を寄せた。
 それからすぐにレイムの服の袖を掴み、じっと見上げる。
 その視線を受けたレイムが微笑むと、ハサハも微笑み返し、もじもじとに視線を移した。

「……おねえちゃん」

 おずおずとに手を差し出すハサハ。
 が手を差し出すと、きゅっと小さな手が重ねられた。

「いきますよ、マグナ」

「うん。じゃあ、。ハサハのこと頼んだよ」

「はい」

 レイムに続き歩き出すマグナに、ハサハと一緒にが手を振る。
 角を曲がるまで2人の姿を見送ってから、はマグナと離れて寂しそうに眉をよせたハサハを誘う。

「じゃあ、いこうか?」






  

 後書きの類似品。

 書けば書くほど長くなってくるのは何故でしょうか(苦笑)
 それとも、自分で思うほど長くないのかな?
 前半部分は、本来は前回の『日陰の墓標』にいれるはずでした。 や、なんか長いなって思ったので、途中できったんですけどね。そして今回も、予定の途中できった(死刑)
 今回はハサハの登場です。ハサハ好き〜(笑) あの「こくりっ」って仕草がたまりません。あの仕草で場をほのぼのとさせるためだけに……当初マグナの護衛獣予定だったレオルドの登場も後回しに(おい)まあ、デグレアにはゼルフィルドがいるし(爆笑)
 天然お色気担当、ほのぼの担当ハサハって感じでしょうか(…マグナは?)

 うーん…そろそろ01話に進みたいので、更新すこしだけ早くなるかも(苦笑)

 微妙に予告?

ハサハ「おねえちゃんも……『いらない子』……なの?」

(2004.02.23UP)
(2008.02.11 加筆修正)