「混乱しているところ、申し訳無いが……」
っとルヴァイドが前置きを置くと、
「あうぅ」
っとの間の抜けた声が返ってくる。
きゅっと手を握り締めて、視線を合わせたり反らしたりとしているは、悪戯が見つかった子どものようで、なんとも可愛らしい。
たしかに混乱はしているが、いつものような怯えは……もう感じられなかった。
「用件を言うぞ?」
「は、はい」
凛としたルヴァイドの声に、はぴっと背筋を伸ばす。
「今日からおまえには、弓を扱わせる」
告げられたルヴァイドの意外な言葉に、は首を傾げる。がルヴァイドに対して、そんな仕草を見せるのは初めてだった。
いつもは頭上高くから発せられるルヴァイドの言葉に、俯いたまま疑問も反論もせずにしたがっていたが……今日は違う。今朝のこともあり、目の前の男が黒い鎧の印象どおりの人物でないことを、はもう知っている。
はまっすぐにルヴァイドの目を見つめた。
「私、弓は引けませんでした」
だから、一度は除外された弓術。
散々間抜けな姿をみられて、良くも悪くも……慣れてしまった。繕い様も無い、ともいうかもしれない。
とにかくルヴァイドに対して……の中で肩の力が抜けたのは事実だ。
感じた疑問を素直に返せたのも、そのおかげだろう。
「引けるだけの力をつければ良い」
「はい」っと返事を返すも、はやはり納得をしていない。
再び首を傾げたのが、その証拠だ。
「一通りの武器が扱えるおまえに、俺は槍を勧めた。何故だった?」
行動に移すよりも先に、考えるタイプの。
理解していない所に教えるよりも、ちゃんと理解させた上で、改めて教えた方が効率が良い。
「護身の術として、間合いを選んで……でしたよね?」
「そうだ。短剣や刀を振り回して前線で戦うよりも、そちらの方が良いと判断したからだ」
「だったら、どうして……引くこともできない弓を扱え、なんて」
使えもしない武器よりも、力が無くて頼りなく見えても、一応扱える武器であったほうが良いのでは? とは瞬く。
「弓による援護の方が安全だろう」
「でも私……マグナさんを『護衛』しないと……」
今はまだ名ばかりとはいえ、自分はマグナの『護衛獣』なのだから。
主人であるマグナよりも安全な位置にいるとは何事か。
「武器の重さにまともに立っていられぬ者と並んで戦うよりも、
後方から援護された方が、マグナも安心して剣を振るえる」
「あ……」
マグナを守るのは確かにの仕事だが――――――たぶん、その必要はない。
幼い頃よりルヴァイドに直接剣術を習ったというマグナには、一人旅をするにしても、己の身を守れるだけの実力は十二分に持っている。下手をすれば、を守るためにマグナが危険な目にあう可能性の方が高いかもしれない。
つまり、ルヴァイドが言っているのはそういうことだった。
「普通の娘であるおまえには当然のように、『殺す覚悟』というものがない。
それでことが片付くのならば、一向に構わないのだが……旅に出ればそうはいかない」
騎士や衛兵などに守られた街の中にいるのならば、野党などに襲われる心配はない。
が、1歩街道に出れば違う。
整備されていない山道は盗賊達が身を隠し、旅人を待ち伏せるには丁度良いし、国家に属する騎士団とて、日常的に街道の見まわりをしているわけではない。
そして、そういった手合いは、元々『奪う』ことが目的で襲ってくるのだ。
こちらを殺すことなど躊躇わない。
加えてのような年頃の少女であれば、『商品』にだってなりうる。命だけは助かるかもしれないが……もっとひどい目に合うのは確実だろう。
はじめから殺す気で来るものに、同じだけの覚悟もなしに退けることは出来ない。
「弓による『援護』を主体に考えればいい。
相手を殺す気で攻めるのではなく、その動きを止めるために。
もしくはマグナの背中を守ってやるつもりで」
殺す気で相手を射るのと、守る気で矢を射るのでは、気分からして違う。
そしてその気分は、戦局におおきく影響を及ぼすことになる。
「弓はまだ引けないけど……軽いから、構えることは出来ます。
これなら、見ているほうも安心ですよね」
槍を構える自分の足元を、イオスやマグナが少し恐々と見ていたのをは知っていた。そういった意味でも、マグナに安心を与えることが出来るのだろう。
ルヴァイドの申し出を理解し、は小さく笑った。
「そうだな。もういつ足の指を切り落とすか……などと
マグナやイオスが心配することもあるまい」
「あっ、そんなこと言ってたんですか!?」
足されたルヴァイドの言葉に、は少しだけむくれて言い返す。
という少女は、人見知りはするが、慣れればそうでもない。
むしろ気を許した相手には、仔猫のように懐いてくる。
しかめっ面をした相手には目も合わせられないほど怯えるが、相手が笑えば自身も笑う。
だから、マグナには簡単に懐いたのだろう。
を笑わせたければ、己が笑えば良い。
そんな簡単なことに気がついた。
それから、部屋にこそ入ってはこなかったが、おそらく今も扉の向こうで待ているのだろうイオスに、今度教えてやろうとルヴァイドは思う。
イオスはまだ、の微笑みを見たことが無い。
―――――そう言っていた。
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