「イオスさん、槍はもう教えないって……どういうことなんですか?」

 午後。いつものように槍術を教わろうとイオスの元を訪れたに、イオスはたった一言。

『僕が君に槍術を教える必要はなくなった』

 とだけ告げた。
 今朝のこともあり、やる気をだした矢先のこの一言。
 当然、は納得できない。
 あまりの出来の悪さに見放されたか、とも思ったが。
 ここで引き下がる訳にはいかなかった。

 は廊下を歩くイオスを追いかける。
 歩幅が違うので、としては軽く走っているような感じだが。

「君が悪いんじゃないよ」

 目的の部屋の前につき、イオスが足を止める。
 急に止まった目標物に、は顔面からぶつかりそうになったが、イオスに受けとめられて難を逃れた。ちょうど視線にある襟元には、当然のようにいつもの緑青の輝きはない。

「教える方としては……君は飲み込みが早いし、応用力もある。
 力と体重がなくて、不安な部分も多いけど」

「はうぅ」

 常にないイオスの賛辞に一瞬だけ瞬き、足された欠点には素直に落ちこむ。
 肩を落としながらも、逃がすまいと袖をこっそりとつまんでいるの手に気がつき、イオスはそれをそっと離す。
 じぃ〜っと恨みがましく見えげて来る茶色の瞳は、最近になってやっとが見せてくれるようになった表情だった。

「ルヴァイド様の命令だよ」

 イオスは、やれやれとため息をはく。
 ルヴァイドの命令で、自分がに槍術を教えることになったが。
 今日あらためて下された命令は、それを取り消すものだった。
 だが、それ自体はなんら不思議でもない。
 もっと不思議なことは――――――何故、ルヴァイドが本気でに武術を仕込む気になったのか。
 正直、武術を教えはしても、人を傷つける覚悟のないがそれを使いこなせるとは思えなかった。

「君、ルヴァイド様になにやったんだ?」

 イオスに問われ、は首を傾げる。
 にもわからない。
 そもそも必要以上に近付くことはなかったし、黒い鎧と高い位置にある視線が怖くてまともに目を合わせた事もないのだ。
 何かしようにも、しようがない。

「連れてきました」

 目の前の扉をノックし、イオスがを促す。
 そのまま部屋の中に進み、は黒い鎧の主と向き合った。

 俯かないと、今朝紫紺の髪の男性と約束をしたばかりであったが。

 やはりいきなりは難しい。
「これじゃ、ダメだな」と思いつつも、はルヴァイドを前にして、どうしても顔があげられなかった。

「俯くな、そう言ったはずだが?」

 苦笑まじりに、聞き覚えのある声が頭上から聞こえる。

 反射的に顔をあげると、大きな優しい手が頭に乗せられた。







 頭上から聞こえた覚えのある声と、頭に添えられた大きな手に、思わずは顔を上げた。そしてそのまま、目を丸くする。

 目の前に立っているのは、紫紺の髪の偉丈夫。
 『黒騎士』の異名に似合った、黒を基調とした鎧に身を包んでいるが……浮かべられた穏やかな微笑みには見覚えがある。――――――というよりも、今朝方見たばかりだった。
 墓標の前で俯き癖のある自分に、『俯く必要はない』と優しく諭してくれた人。

「『はい』と答えたと思ったのだが……俺の記憶違いか?」

 目を丸くして驚いているが面白いのか、ルヴァイドは笑みを深めると、そのまま頭に添えた手を下ろす。

「はいっ! あ、いえ……」

 『はいと答えた』に対する「はい」。
 それからすぐに、『記憶違い』にかかるかな? っと考えて、は言いなおす。

 どうやら完全に混乱しているらしい。

 あたふたと表情を変えるに、本当に気がついていなかったのだな、とルヴァイドは苦笑はもらした。






  

 後書きの類似品。

 途中睡魔に負けること数日(爆笑)
 約1周間ぶりに続きお届け。
 ルヴァイド視点と視点の切り替わりが激しくて、途中わけわかんないことになってますが、まあそっちのフォローは次回。あと今回、の破壊神っぷりが発覚(笑)
 ルヴァイドは過保護ってイメージが(おい)

 今回マグナの出番が皆無ですが……次回はちゃんと、出てきます。レイムさんも。

 微妙に予告?

マグナ「ほら、出ておいで。ちゃんと挨拶できるよな?」

(2004.02.15UP)
(2008.02.11 加筆修正)