崖城都市デグレア。
その名の通り、自然の要塞とも言える大絶壁に守られた、旧王国最大の軍事都市。
城と城下街をぐるりと灰色の城壁で囲み、豪雪と外敵から国民を守っているようにも見えるが……外の世界から来た人間にしてみれば、それは国民に外の世界へ目を向けさせないための『囲い』にも見える。
元老院議会と呼ばれる特権階級の者が、議会の会議によって街の全てを決定つける、特殊な政治体制。一部の人間が全てを決めることで、統制と調和の守られた、一見すれば理想的な国家。しかし、裏を返せばそれはとても窮屈で、危険な物。
が、それはあくまで外から見た場合であり。
一生を街の中、もしくは『旧王国』という世界で過ごす国民からは、決して見えない側面である。
ゆえに、旧王国の民はそろって――――――愛国心が強い。
1年中を雪とともに過ごす、灰色の街。
街はずれ、城壁にそって歩けば、公園があり。
さらに進めば、小さな森がある。
そしてさらにその先へと歩くと、少し開けた林に変わった。
時刻は、まだ早い。
住宅街を振りかえると、朝食の仕度をしているのか、部屋を暖めるために暖炉に火を入れたのか……家々の煙突から煙が出ているのが見えた。
は、デグレアの寒さには、まだ慣れてはいない。
それでも雪の寒さとは不思議なもので……深呼吸をすると気分が引き締まり、すっと背筋が伸びる感じが、最近ののお気に入りである。
訓練用に刃を潰した槍を持ち、イオスにならった型を一通り練習する。
そうしているうちに、体は温かくなってきた。
『誤解しないでくださいね』
不意に、昨夜召喚術の師匠たるレイムに言われた言葉を思い出す。
『これは、あくまで……マグナのケジメですから』
いつものように深夜に及んだレイムの講義の後。
ほとんど死んだ魚のような目つきで睡魔と戦うマグナと、その隣でレイムの講義をメモしていた。
『マグナには、改めて護衛獣を召喚してもらいます』
レイムのその言葉に、船をこぎかけていたマグナは一瞬にして覚醒した。
誤ってを召喚してしまった試験。
それによって基礎の復習を申し渡され、先延ばしになっていた試験のやり直し。
それをレイムが認めたのだ。
今度こそ、それが叶えば旅立てる。
妹を迎えに、聖王国へ。
マグナははりきっていたようだが、――――――にしてみれば心中複雑だった。
はまだ、召喚術を成功させたことがない。
普通ならば、契約済みのサモナイト石を使えば誰でも召喚できる。……ということだったが、それすらもには出来ない。
そもそも召喚術など存在しない世界で生まれた自分には、才能がないのだろうか? とも思ったが、顧問召喚師であるレイムにそれは否定された。
召喚術を習い始めるさいに、レイムに渡された4つの属性のサモナイト石。
魔力の相性をみるために、と渡されたのだが……普通の召喚師は1つしか扱えないという属性を、は2つ秘めていた。
紫と赤のサモナイト石が輝いた時には……自分にも、何か人の役に立てる素質があったのだと、内心喜んだものだ。が、その力が発揮されたことは、悲しいことに一度もない。
加えて武術のほうも……なんとも言えない。
扱うだけならば、大抵のものは扱えるのだが。
どれも『これ』という気はしない。
イオスやその上司の言う事には……どれもそれなりに使えているらしいが、それでもマグナの大剣、イオスの槍、というような一体感はないし、続けても伸びるとはどうしても思えなかった。
そんな状況で、新たな護衛獣が召喚されることになったのだ。
『心配しなくてもよい』と言われても、『はい、そうですか』と素直に安心は出来ない。
なんとなく不安に感じるのは、どうしようもないことだろう。
上達の遅い自分が恥ずかしく、また情けなくもあり。はこっそりと街外れで槍の稽古をしていたのだが……
反れた思考に、つられるように。
槍の軌道も反れた。
カンッ――――――という軽い音をたてて、槍は木に弾かれ、の手を離れた。
前 戻 次