「すみません」

 偶然とはいえ、槍術の師匠たる人物の持ち物を壊してしまったは、先程から謝りつづけていた。

「かまわないよ」

 と答えるイオスと並んで勾玉の欠片を拾っているのだが、それでも気になるものは気になる。時々泣きそうな表情になりながらも、は手を動かした。

「でも、いつも付けていましたよね?」

「珍しい形の石だったからね。色も良かったし……」

「お気に入り、だったんですね」

 はしゅんと肩を落とした。
 どうしてこうも……自分はイオスの不興をかってしまうのか。
 そもそも、はじめてあった時からイオスは不機嫌そうな顔をしていた。
 無理もない。
 特務隊隊長という階級にいる人間が、いきなりその辺の小娘に槍を教えてやれなどと命令されれば、面白くないはずだ。それも、イオス本人が心酔している上官直々の命であれば余計に。
 だからこそ、も早く上達して、イオスを自分のお守から解放したいと毎日頑張っていたのだ。
 好かれたいとは願わないが、せめてこれ以上不興を買わないよう、一生懸命に。

「まあ、それなりには……」

「気に入っていたかな」っと言いかけて、イオスは口を閉ざす。
 少し付き合えばわかることだが、良くも悪くも真面目な少女。
 そんなに、正直に『気に入っていた』などと言った日には……ますます落ちこむことは、容易に想像できた。
 ただでさえ少ないの笑顔。
 自分に向けられたものはまだ1度も見たことがないが、それがますます遠くなることだけは確かだ。――――――本当は、『笑って欲しい』と願っているのに。
 厳しいことしか言えない性分のイオスには、マグナのようにの笑顔を作ることができなかった。

「そんなことより、つづけるよ?」

 最後の欠片を拾い、話題を変えようとイオスは腰をあげる。
 視線を床からに移すと、なにやら少女は自分のポケットをあさっていた。
 不思議な行動にイオスが首を傾げていると、目的の物が見つかったのか、も顔を上げる。
 は何かを握りしめ、イオスの目の前にそれを差し出した。
 そっと開かれた掌に乗っていたのは、いつもイオスの胸にあった石と同じ形の石。
 色も似ている。
 深い緑青の勾玉。

「あの、こんなんじゃ全然変わりにならないんですけど……
 形は一応、同じ勾玉だし、……イオスさんの石みたいに
 澄んだ緑じゃないですけど……」

 そう言って、はイオスの掌に、自分の持っていた石を乗せた。
 マグナによって召喚された少女は、元々の持ち物が少ない。
 今手渡されたそれも、そのひとつだろう事がわかる。
 時々見かけた、マグナの背中に隠れるように歩く。その時に持っていたバッグに、同じ物が飾りとしてついていたの覚えている。今は飾り紐が切れて、バッグにつけることは出来ないようだが……やはり捨てることはできなかったのだろう。大切に、ポケットにしまって、は今まで持ち歩いていた。

「君にとって大切なものだろう。簡単に手放してはいけない」

「でも……」

 今にも泣き出しそうなに、イオスは内心苛立った。
 泣かせたくはない。
 むしろ、笑わせてあげたい。
 笑えば絶対に可愛い。
 そんな確信がある少女を、自分は困らせることしかできない。
 イオスはの掌に石を戻し、もう手放すことのないようにと、両手で握り締める。

「元の世界の、大切な物だろう」

 足されたイオスの言葉に、はようやく意味を汲み取った。

 イオスは元々、別の国の軍人だったらしい。
 それが今は、旧王国で軍人をやっている。
 さすがに詳しい経緯は聞いてはいないが。故郷に戻れない身のイオスには、今のの心境が少しはわかるのだろう。
 元の世界の、故郷の思い出の詰まったものを、簡単に手放したくはないし、手放して欲しくもない。

「あの石は、それなりに気に入ってはいたが、大切な物じゃない」

 促されて立ちあがるに、まだ気にしているな、とイオスはため息をついた。
 今日の訓練は始めたばかりなのだが……のこの様子では続けられそうにはない。
 
「今日はもうおしまいにしよう。これは君が片付けておいて」

 の手にある訓練用の槍を受け取り、変わりに拾い集めた石の欠片を手渡す。

 こんな形で稽古を中断しても、が気にするのはわかっているのだが。
 それでも、あと数時間。の落ちこんだ顔を見ているよりは、よほどいい。



 に笑ってほしいのに、イオスにはそれから遠のくことしかできなかった。