「おはよう、ルヴァイド」
あくびをかみ殺しながら、マグナは紫紺の髪の騎士に話しかける。
少々的外れな挨拶ではあったが、騎士にとってはいつものこと。
「もう正午を回っているぞ」
空高くある太陽を確認し、ルヴァイドはため息混じりにそう返した。
「気分の問題、ってことで。……は?」
マグナはキョロキョロとあたりを見渡すが、旅団員が演習場としている広場に、目当ての人物の姿はない。
召喚術は召喚師に、武術は武人に。
先日、護身術の教師として養父がに紹介したのは、本物の軍人だった。
それも間違いなく、デグレア最強であろう『黒い死の風』の異名を持つ男。
マグナの目の前に立つ、紫紺の髪の偉丈夫に。
顧問召喚師の養子という身分から、マグナは幼い頃から気安く話しかけているが。本来ならば、今のような態度は決して許されない。彼は『黒の旅団』と呼ばれる特務部隊を預かっており、その総指揮官という肩書きがあるのだから。
当然、本来ならば顧問召喚師がなんと言おうが、のような少女一人のために時間を割く必要は無い。
それでもルヴァイドがの稽古を見るのは……レイムの申し出を断れない理由があるからだろう。
マグナには、詳しい経緯は知らされていなかったが。
「来て早々、言う事はそれか?」
ルヴァイドの呆れを通り越したため息に、今度は手が加えられる。
軽く手の甲でマグナの額を小突くと、「ついて来い」と歩き出した。
「適正を見るために色々な武器を扱わせてみたが……
何を持たせても、飲み込みが早い。すぐに一通り扱えるようになった。
さすがに斧や大剣は無理だったようだが……ああ、それから」
「弓も引くことができなかったな」と続けてから立ち止まり、ルヴァイドは彼女の稽古場としている広間の扉を開く。
そのまま視線を巡らせるルヴァイドにつられて、マグナが目線を追うと……広間の隅で少女の黒髪が揺れていた。
「イオスが教えてるのか」
意外な人物と一緒にいるに、マグナは目を丸くして驚いた。
の黒髪が風に舞うたび、同じように舞う金色の髪。
一見女性にも見える整った顔立ちの青年。
訓練用の槍を持ち、不機嫌そうな顔でに話しかけている姿。
その細い体からは、とても『狂槍』などと呼ばれているとは想像出来ない。そして、戦場に立たないマグナに、彼のそんな姿を見たことがあるわけもない。
「召喚術は召喚師に、武術は武人に。
あの男がそう言うのならば、槍のことはイオスに任せるのが適任だろう」
「……それでか」
そういう理由でならば、ルヴァイドが頼まれたことを他人に任せた理由が納得できた。
マグナが兄とも剣術の師とも慕うこの男は、元来とても正直で誠実である。
たとえ意に添わぬ頼まれごとであろうとも、自分が引きうけたことを、他人に任せることはありえない。
そんなルヴァイドが、を任せたのがイオス。
『狂槍』の異名を持つ彼ならば、同じ武器を教えるという条件下なら、自分が教えるよりも適任。そう判断したのだ―――――――決してレイムの言葉への当てつけばかりではない。
カンっ―――と軽い音がして、の手から訓練用の槍が離れた。
「がんばるなぁ……」
すぐに槍を拾い、イオスと向き合うに、マグナは感心する。
イオスに一応の加減があることは、端から見ていてもわかるが。それでも女性であるには、重い一撃であったはずだ。顔にこそだしてはいないが、腕は相当痺れているだろう。
「今日はまだ、始めたばかりのはずだ」
「いや、そうじゃなくて。
って一応『召喚獣』だろう?
リィンバウムの常識とか、何にも知らなくてさ。
午前中は下働きのメイドさんに混じって、館の仕事しながら一般常識の勉強。
午後は俺と武術を習いにここに来て、夜は仕事の終わった養父さんに召喚術を教わってる。
……いつ寝てるんだろう」
日が高く上る時間にならなければ、ベッドから起きあがることの出来ないマグナ。そんなマグナには、当然のようにの生活リズムは想像できない。
ただ単純に「すごいなぁ」と感心するばかりだ。
ぼんやりとイオスとを見つめるマグナに、ルヴァイドは今日何度目かのため息をついた。
「……おまえも少しは見習え」
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